音楽

五  合  目

二胡が楽しい。

が、難しくなってきた。

新しいクラスになって、メンバーも変わり、難易度もグッと上昇。

レッスンの前日から、「明日は二胡!」と構えるようになった。

それとともに練習時間も伸び、その分先生の個人チェックも増加。

先生に後ろに立たれると、緊張しまくりだ。

始めて一年近くになるが、未だにごく基本的な部分を修正されている。

どのくらい基本かというと、二胡の角度や、弓の扱い方という、自慢じゃないが、基本中の基本だ。

私を注意したことは、そのまま全体に向けて改めて注意する。

悲しいかな。

あまりのダメダメぶりで、クラスの中で反面教師としての地位を、確立してしまったのだ。

それでも、弾いていて楽しい。

相談する仲間もいるので、続いている。

レッスンが終わって、ホッとしながらおしゃべり。

いつも、「難しくなっちゃったよー」と、毎度同じ愚痴を言いながら帰る。

ある日、仲間の一人が、「まだまだ序の口なんだけどね。」

と、確信的な口調で言う。

一同「!!」と、前のめりになる。

なんでもその仲間は、二胡の本を購入したらしい。

先生が段階を踏んで配ってくださる楽譜が、ほぼその本と一致しているとのこと。

仲間によると、私達に今まで渡された楽譜は、その本の半分辺りまでだという。

今でも十分大変なのに、内心では結構イケてると思っていたのに、まだ「半分」ですとっ?!

まだまだ難しくなるのは覚悟していたが、まだまだまだまだまだ・・・・・・・・。

って・・・。

一同、足取りも表情もダウンしたまま、とぼとぼ歩く。

でも、二胡が好きなんだもんね。

と、確認し合って、笑顔で分かれる。

仲間達は、いい。

問題は、反面役の私だ。

ついていけるんだろうか・・・・・。

先生、見捨てないで、お手柔らかにお願いします。

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歌 姫 の 僕

家族が、「初音ミク」ちゃんに、ハマっている。

慣れないと、聴きにくいかもと前置きして、何曲か聞かせてくれるが、耳に心地よい声とメロディで、ドライブにも合う。

家族が言葉少なに語ることを繋ぎ合わせてこしらえた認識なので、間違っていたら申し訳ないが、「ミクちゃん」とは、電子音声で曲を作るソフトの、女声男声数人いる「ボーカロイド」達の一人らしい。

初代で、圧倒的な支持を得ている彼女の唄は、実に多彩。

毎日動画サイトでいろいろな方が作った唄を、チェックする家族。

中には、プロかと思うほどの美メロもたくさんあり、驚く。

ベストアルバムも発売されていて、立派な1ジャンルを確立しているようだ。

怒られるかもしれないが、フルボイスのゲームなどで、自分の名前を呼ばれる時の語尾の癖のような部分があり、慣れないと確かに聴きとりにくい時も。

人の口では絶対に唄えない、超スピードのラップもあり、立て板に水どころか、もはや滝だ。

よって、聴きとれる歌詞はほんの一部で、私には意味がつかめない。

が!家族は「当然」全て聴きとれるらしい。

「慣れ」だというが、七田式の速聴みたいで、案外脳にいい負荷がかかっているのではと思う。

ところで少し前の、ミクちゃんのお誕生日には、イベントなどが行われ賑わったようだ。

へー、いくつになったの?

と、尋ねる。

「16歳と24カ月ですが、なにか?」

と返される。

18・・・と言い換えると、叱られる。

アキバでメイドさんの常套句、「永遠の…歳」みたいなものか。

しかも、ちゃんと、「なにか?」で締めくくらないといけないそうだ。

ほほー。

いつの間にか、立派なオタクになって・・・・・。

と、感慨無量。

次々と面白いことが生まれて、興味が尽きないませんな。

私が聴いた中で、一番のお勧めは「この想い伝えたくて」だ。

目下、カーステで、リピートしまくり。

どこか懐かしい耳馴染みのいいリズムが、ミクちゃんの春風のような声と相まって、なんともいえない魅力を醸し出している。

かわゆい、ツンデレプリンセスっぷりが、たまらない作品だ。

一度、お耳にすることを、お勧めしたい。

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水にながして

MP3が、壊れた。

突然家族が、こう告げた。

ドキッ。

それは、数か月前。

家族のポッケに入っているのに気付かず、洗濯してしまったものだ。

ダメもとで数日間乾かしておいたら復活した、頑張り屋のMP3。

可哀そうに、とうとう・・・・。

わ、私のせいって、言いたいのかしら?

内心のドキドキを表に出さないよう、平静を装う。

「何でだろうね?」と、とぼけて聞いた。

家族によると、予兆があったらしい。

最初は内部で、部品の一部が外れてしまったかのように、動かすと微かな振動が。

やがて、曲の編集などが出来ないことが、時々あり、最近では熱を持つまでになっていたという。

そしてとうとう、ウンともスンとも言わなくなってしまったとのこと。

そう話す家族の様子からは、「洗濯」が原因と考えている気配は感じられない。

事件から数カ月ちゃんと使えたということと、徐々に不調がきたからと推察される。

弁償しろという訳ではなさそうで、ホッと一息。

「買ったお店で、修理見積もりしてもらいなよ。」

と、送り出す。

やがて帰ってきた家族の手には、数冊のカタログ。

それを見て、「修理は諦めたな」と察する。

なんでも、修理見積もり自体が有料で、2千円近い。

しかも、最低でもかかるとされた金額が、初めの購入金額よりも高い。

それなら、新品を余裕で買える。

という訳で、カタログやネットで調べ、欲しい機種を選定後、電気屋さんへ。

目当ての機種がなく、複数の電気屋さんへ行くが、MP3はほとんどソニー製品しかない。

コジマ電気のコジマ君に聞くと、今はソニーとiPodが、ほとんどのシェアを占めると言う。

ほほー。

折しも両者とも、新製品発売の直前。

よって、メーカー在庫の切れたものも多く、機種や色によっては、持ち帰りの叶わないものもあるという。

成程、だからグンと値引きしてるのね。

最新式にこだわらない家族にとっては、幸いだ。

物知りのコジマ君にあれこれ質問し、予算に合ったものを納得して買うことが出来た。

電気屋さんのハシゴに、つき合ったかいがあった。

これで、「洗濯」の件は、ちゃらにしてもらおう。

こっそり、一見落着。

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使用上の注意

マイケル・ジャクソンが亡くなったことは、少なからずショックだった。

登場する度に、その痛々しい変化にくぎ付けになり、取り上げられる話題は、スキャンダラスなものばかりに。

申し訳ないが、「やっぱり」という言葉が、瞬間的に浮かんでしまった。

衝撃のニュースと共に何度も流される絶頂期のプロモーション映像は、今でも惹きつけられ、いつまでも見ていたい程魅力的だ。

もっと、じっくり見たい。

と、家族が「ビデオ・グレイテスト・ヒッツ~ヒストリー マイケル・ジャクソン」を購入。

見終わって、改めてマイケルの才能に感嘆した。

意外だったのは、前振りの長さ。

時代が進むごとに、長いドラマから始まり、なかなか唄い出さない。

最初、「間違って買っちゃったかな?」と心配になった程だ。

しかし、じっくり見ていると、彼の演技力に感心した。

英語はさっぱりなので、例えセリフが棒読みでも、私には分からない。

が、彼の表情や目線などが、その時々の場面に相応しく、なかなかの役者っぷりに見える。

「スリラー」でのおどけぶりや、臆病で逃げてばかりいる若者の鬱積した感情を、歌で爆発させるまでの変化などが、とてもよく表現されていると驚いた。

テレビで見慣れた唄の部分を当時は、その表現方法や、全体から溢れ出る爆発的なパワーにただただ圧倒されるだけだったが、今はその中に、根深い人種差別の問題や、彼のスター故の孤独な一面が浮かび上がって見え、また違う感想を持った。

私がこの中で一番好きなのは、「ロック・ウィズ・ユー」だ。

凝ったドラマも設定もなく、スパンコールの衣装に身を包んだ彼が、優しく、そして少し照れながら唄う。

その笑顔が、何ともかわゆくって、ぎゅーっと抱きしめたい程だ。

ジャクソンファイブのおちびちゃんが成長して、お年頃になった頃。

小さなスターシンガーが、青年になっても人気を保ち続けることは、あまりないように思う。

彼の個性と才能を見抜き、「キング」にまで押し上げたプロデュース。

その一団の凄さにも、改めて感服した。

雑誌「フォーサイト」8月号に、「幻の日本公演」についての記事があった。

それによると、最後のリハーサルになってしまったロンドン公演は、ワールドツァーの皮切り公演の計画だったとある。

ツァーの中には、「東京ドーム」での11回公演も含まれていたという。

最後の映像となってしまった、リハーサルでのマイケルは、あの頃と変わらず切れのあるダンスをエネルギッシュに踊っていた。

「くすり」

本当は人を助けるものなのに、この頃どんどん嫌な響きを含んで語られるようになってしまっている。

稀代の逸材を、世界でも日本でも、これで失くすことがいつまで続くのだろうか。

もったいなや。

口惜しや。

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はるは あけぼの

二胡のレッスンが、益々楽しくなってきた。

それまでは、緊張する場面が多く、時間が経つほど集中力が途切れがちだった。

それもこれも、自分の進歩のさなが招いたもの。

先生による個人チェックで、人一倍注意されていたからだ。

よって、レッスン室の時計の進みが、遅いこと遅いこと。

あと、10分の辛抱だ・・・。

と、いつも心の中で自分を励ましつつの、練習だった。

が、気づくと最近は、「あれ、もうこんな時間!」と、思いがけず時間が過ぎている。

先生が私のところで足を止める時間も減り、私自身、のびのびと弾いている。

あれれ?どうしたんだろう?

特に上達したという実感もなし。

その疑問を見透かしたように、ある日レッスンが終了に近づいたときに、先生がおっしゃった。

皆さんも、ひと山越えましたね。

最初にぶつかる、一番大変なところは通り過ぎたようです。

これからも難しいことが出てきますし、かなり練習しなければなりませんが、この調子でやっていけば上達できますよ。

おぉ!

嬉しや!

思えば先生は、いつも絶妙なタイミングでアドバイスしてくださる。

ちょっとした弓の角度や、力の入れ具合など、やっているうちに知らず知らず自己流になりがちなところを、全体の様子を見、全員に必要になったとき、それぞれにとって大切な気づきになるような助言をくださる。

そして、自分が今どの地点まできているのかも、さりげなく教えてくれるので、やる気にもつながる。

さすがプロ!と、その都度先生への尊敬の念が増す。

これが、DVDや通信の講座にはない、なによりの利点だ。

励まし合う仲間もいるし、今の私には二胡教室はとても大切な時間になっている。

性別も年代も様々な仲間が集まって、お互いにいい刺激になる。

思い切って始めて、よかったなぁと、改めて思う。

二胡の素晴らしさを教えてくれた、春恵(チュネ)さんに、謝謝!

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心に火をつけて

毎回ドキドキの、二胡のレッスン。

何故なら、上達の兆しがさっぱり見えないからだ。

レッスン開始冒頭の音合わせには、先生が各自の席を回り、内弦と外弦の微調整をしてくれる。

これが終わると、楽譜を見ながらの全体指導が、始まる。

2・3小節づつ区切り、丁寧に進めて下さるので、皆さんは余裕だ。

「はいでは、それぞれここまでを繰り返して弾いて下さい。」

その一言で、ドキドキスイッチが、オンになる。

はい、大変いいです。

そうそう、いいですねぇ。

他の生徒さん達に好評を口にしながら、先生が私の席に近づいてくる。

ど、どうしよぅ・・・?

とうとう、自分の横に、先生が立つ。

あわわ!

緊張も最高潮に達しているのだが、顔に出さないように、とにかく弾く。

・・・・。

いいとこ探しの名人が、ピタリと無口になる。

そして、未だに基礎的な手の形などを直され始める。

やっと解放してもらうと、ドッと疲れが出る。

レッスン中、これが何度も繰り返されると、段々集中できなくなり、益々先生に注意される。

はい、今日はここまでにしましょう。

次のレッスンまでに仕上げておく課題が伝えられ、解散。

ふ~~、やっと終わった。

ぐったりしながら、帰路に就く。

ヨレヨレなのに、ハンドルを握る危なっかしさ。

奇跡的に家に着くと、しばらく何も手につかない。

またか。

という目で、家族が見る。

こってり絞られてきたのが分かるのだろう。

そっとしておいてくれる。

気持ちよく昼寝をしていたとき、私が二胡を弾き出すと、文字通り飛び起きた、失礼な家族。

だからこその思いやりが、かえって辛い。

決して安くはない、初期投資だったゆえ、後戻りはできない。

私のケチを知り尽くしている家族には、痛いほど分かっているのだろう。

お腹が空いた。

いい加減に立ち直らせて、早くご飯を作ってもらわにゃ。

と考え、励ましの言葉を口にする。

皆と同じレッスン料なのに、人一倍個人レッスンしてもらってるんだから、いいじゃないか。

もっと他に、言いようがあるでしょ。と、ムッとする。

でも・・・、そうだよね。

そう考えたら、なんかすごく得してるかも。

と、ケチが心の導火線に火を点ける。

ファイヤーーッ!

一気に立ち直り、ご飯を作り始める。

メニューは、中華。

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奮い立たせる人

もう一度テレビで見たい人って聞かれても、「?」だったが、ある番組を見て、思い出した。

アン・ルイスさんだ。

過去のVTRが流されると、あの歌もこのシーンも、いつまでも聴いていたい、見ていたいと、心から思った。

一時劇太り、又、精神的な不安定を報じられたが、いつだったか「うちくる」にゲストとして出演なさったときに、お元気そうで安心した。

相変わらず美人で、素直で、かわいらしかった。

私は、容姿とお声がピッタリの人に、惹かれやすい。

安田大サーカスの「クロちゃん」クラスまで裏切られると、逆に好ましいが、お顔と声のイメージが一致しないと、大変勝手ながら、がっかりしてしまう。

アンさんはその点、バッチリだ。

それに、小室さんがどこまでも高音を追及したときの名残か、ソプラノボイスが現在でも、もてはやされている。

が、アンさんは違う。

素人が、カラオケなどでも歌いやすい、アルト系だ。

お歌の内容も、いい。

ちょっと頼りない男性に、肘鉄をくらわしつつ、根底には、「私がいるじゃない」と励ます優しさが流れている。

女性なら誰もが共感できる唄で、参加者全員で大合唱してしまうノリの良さ。

今、こういう歌を連発している人、いないよなー。

と、アンさんのヒット曲メドレーをみて、懐かしさと寂しさで、胸が一杯になった。

現在は、お洋服などのデザイン、プロデュースで活躍なさっているそうだ。

そのまま舞台に上がっても、十分皆を魅了するに違いない、変わらぬ笑顔に、胸キュンだ。

帰って来いよ~!♪

帰って、来いよ~!!♪

帰って、来~~い、よ~~~!!!♪

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大陸に 思い馳せる

二胡のレッスン内容が、難しくなってきた。

よって、家での練習は、必須。

家族のいない時間を見計らって、楽譜とにらめっこの毎日だ。

先生が、「週に2・3回練習するぐらいなら、弦は自分で調整しないで大丈夫です」とおっしゃっていた。

しかし、ゴールデンウィークに突入すると、次のレッスン日まで、一か月程あいてしまう。

その間毎日練習していると、さすがに耳オンチの私にも、音が狂ってきていると分かるまでになった。

習っていた通り、自分で微調整してみる。

ん?

あれ?

いやいや・・・。

もっと、こう・・・。

二本の弦それぞれは、「うん、これでいい!」という高さになるのだが、ドレミファ・・・と音階を奏でていると、弦から弦へ移り変わるときに、どうも違和感が。

なんか、変だな。

と、納得出来ぬまま、次のレッスン日。

いつものように冒頭、先生が一人一人音合わせをしてくれるときがきた。

内弦、外弦を弾いて、狂っていたら微調整してくれる。

松やにを弓にこすりつけ、弾き始める。

すると、自分が聞いていても、「えーっ!?」と驚くほどドの音がすごくズレている。

どうやら、ケースから取り出すときに、動かしてしまったらしい。

自分の所に先生が来てくれるまでに、直す時間はない。

なんか、言われるかな?

ドキドキ。

家で「?」と自信がなかった外弦は、むしろ、「うん、いいですね」と難なくクリアした。

が、「じゃ、内弦」と指示されて弾き始めると、先生の手がサッと調整棒をグリグリと回し出す。

やっぱり相当ズレていたらしく、微調整などとは程遠い回し方だ。

が、特に注意されることなく、ほっとする。

全員の音合わせが済むと、本日のお題が説明される。

前回の復習から入るのだが、レッスンの終わる時間が近づくにつれ、自分の集中力が切れてきているのがわかる。

一人だけ、外れた音を立ててしまうのだ。

今月の初めまでは、花粉症の薬のせいにできた。

が、飲まなくなって数週間過ぎた今では、すっかり体から抜けきっているはずで、そうもいかない。

これから、どんどん難しくなっていく気配に、くじけそうになる。

しかし、決して安くはない初期投資を考えると、今更引き返せない。

よって、私と同じ思いをしている二胡仲間同士、会う度励ましあっている。

そう考えると、この教室の生徒さんの継続率は、高い数字を維持していると思われる。

安くても音は出るが、続けるとなると、このぐらいが好ましいです。

今手元にある、一番安い楽器は、あと2つしかない。

次は、いつ入るか未定です。

後から入ってきた数人と話していて、みな全く同じことを言われて慌てて購入したことが判明する。

確かにどれも全く同じではなく、竿の先の装飾などの違いはあるが、楽器が品切れで待たされた人は皆無だ。

先生は、中国から来た愛妻家で、とても人当たりがいい。

うーむ。

さすが3000年の歴史。

やられたわい。

などと、自分の出来の悪さを棚に上げている場合ではない。

そう自分をムチ打ち、今日も弓をひく。

目指せ、春恵(チュネ)さん!!

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恩返しに 恩返す

「亀の恩返し」に、行って来た。

「亀」とは、音楽プロデューサー亀田誠治さんのこと。

目もくらむ豪華メンバーに、亀田さんってすごいなぁと、思う。

お顔は失礼ながら、「食いだおれ太郎」が笑顔になったような福相をしておられる。

しかし、ギターを掻き鳴らす様は、スラリとした長身と相まって、カッコイイの一語に尽きる。

読売新聞長期購読者の恩恵に預かり、席はアリーナ。

最前列の後ろ、2列目だった。

しかも、亀田さんの真横なので、そのご様子を、つぶさに見ることが出来たのだ。

アーティストさん達が、亀田さんを満面の笑みで振り返り、時にはからむので、彼らの一番いいかお顔も、真近で見られて、ラッキーだった。

家族が、スガシカオさんのファンなので、チケットを取ったのだが、私が一番いいなぁと思ったのは、Charaさんだ。

かわいくて、セクシー。

トークも好感度大で、盛り上げ上手。

すっかりファンになってしまった。

直前に出演が発表された絢香ちゃん。

お声、歌唱力の素晴らしさからか、他のアーティストさんとのコラボが満載で、初公開のお歌まで披露してくれ、大活躍だった。

全く意識していなかったが、亀田さんには、数々の素晴らしいアーティストさん達の音楽を通して、「こんなにお世話になってたんだ」と改めて感服した。

それを、亀田さんから逆に「恩返し」されるなど、恐縮する思いだ。

「恩返し」第2弾もあるようなことも、おっしゃっていた。

次回があったら、必ずまた来たいし、今まで以上に音楽を通して「亀さん」に、有難うの気持ちを返したい。

3時間以上の立ちっぱなしなど、何のその。

未だ興奮冷めやらぬ思いで、今日もがんばるぞー!とステレオのスイッチを入れる。

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お手をどうぞ

フィギアスケート・世界国別対抗戦最終日、トリを滑るのは、我らの浅田真央ちゃん。

アナウンサーの方が、「最後の仮面舞踏会です!」と繰り返していたので、気になった。

今シーズン最後ということ?

それとも、来期はプログラムの変更が予定されてるのだろうか?

先に「200点越え!」のニュースを見てからの放送だったので、余裕をもってテレビの前に座る。

しかしあの、「ブンチャッチャァ・ブンチャッチャー・・・」の音楽が始まると、自然に力が入るのを止められない。

苦手ジャンプのことを考えなくていいことが、真央ちゃんの翼を軽く、強くする。

流れるように、次々と技を決め、鳥肌が立ちまくりだ。

区切りの静止ポーズが流れ気味で、音楽と合っていない部分もみえたが、解き放たれた天使の羽ばたきは、誰よりも高く舞いあがる。

はーーーーーーっ!!

感嘆の大きなため息が、無意識に飛び出す。

終わりよければ全てよし。

吹っ切れたような真央ちゃんの笑顔を見れて、本当に嬉しい。

ところで、今日の「題名のない音楽会」は、ワルツの歴史だった。

もう日本人の目に耳に焼き付いた、真央ちゃんのフリースケーティング。

そこで流れる、大人の秘め事を含んだ、怪しげなメロディ。

着うたダウンロードで、クラッシック異例の数字を叩き出した、ハチャトゥリアンの「仮面舞踏会」も、演奏された。

演奏の素晴らしさと、今期も全力で戦い抜いた真央ちゃんの姿が浮かび、目頭が熱くなる。

真央ちゃんの側についた人たちは最初、誰もが一様に驚くという。

「こんなに練習する選手に、会ったことがない。」と。

あのあどけない笑顔のどこにも、そんな苦労は微塵も見当たらない。

専門家も目を見張る練習量を日々こなし、大会でその成果を、淡々とみせる。

精神的なプレッシャーや、体が本調子でないことも、山のようにあるだろう。

それを、おくびにも出さないし、努力をひけらかすこともない。

その姿勢は、正に職人。

スケートが、本当に好きなんだなと、思った。

あの小さな肩に、国中の期待を背負って滑り続ける。

今期も、いっぱい感動と喜びをもらった。

改めて、浅田真央さんに、心の底の底から感謝の気持ちが湧き起こる。

有り難や、有り難や。

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ねむらせてあげる

二胡を演奏できるようになりたい!

入門して数か月。

てなく続く基礎練習から一段上がり、やっと楽譜というものを頂けた。

二胡の楽譜は、オタマジャクシではなく、数字譜だ。

を1として、レが2・・・と続く。

数字が並んだ譜面を前に、悪戦苦闘する。

そうしてるうちに、私のウィークポイントは、中指だということが判明した。

指が出番の「ミ」と「シ」に、素早く反応出来なくて困る。

数字譜だと、「3」と「7」だ。

それ以外にも、「赤ちゃんの手」と言われる程指が短いので、薬指を使うファと上のドに届きにくい。

かねた先生が、「他の人よりも、左手のボジションを下げてもいいよ。」と言って下さる。

ショパンを弾くために、指を長くする手術をした、殿馬くんの気持ちが分かった気がしたズラよ。

もらった楽譜を、自分なりに弾いてみる。

所々つかえたり、音が外れたりするが、メロディーらしきものになりつつある。

あぁ、やっと・・・・。

、じ~~~んとなる。

四川大地震復興支援コンサートで、春恵さんに憧れ、ナイアガラからバンジージャンプで始めた、二胡。

わたし今、二胡を弾いてるんだ・・・と、心の底から喜びが湧いてくる。

一人世界に入り込み、うっとりとしていたら、ツカツカと、先生がこちらにやってくる。

姿勢や手の形を補正されまくりで、現実に返る。

まだまだ人様に聞かせられる段階ではないが、帰り際に宿題として新しい楽譜を渡され、またハイになる。

ているからいいや、と練習を始めたら飛び起きて、本気で怒っていた家族。

にみておれ。

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Yes

やっぱり、ペットショップボーイズは、いい!

、車を走らせながら、かみしめる。

3年ぶりのオリジナルアルバム「Yes」。

イエス・エトセトラ(完全初回限定生産/紙ジャケ仕様) Music イエス・エトセトラ(完全初回限定生産/紙ジャケ仕様)

アーティスト:ペット・ショップ・ボーイズ
販売元:EMI MUSIC JAPAN(TO)(M)
発売日:2009/03/18
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日本盤限定曲もあるのが嬉しいし、

ディスクが半透明の袋に入っているのが、レコードみたいで懐かしい初回限定盤。

ビラりと詩訳を広げる。

おぉ、今回はどの曲も、言霊がぎっしりだ。

に見える幸せ、「物質至上主義」を、透き通ったボーカルとポップな曲調でくるんで皮肉っているところは、デビュー当時から変わらない。

ないラブソングや、決して満たされることのない渇望を埋め合おうと求める心が、胸に迫る。

の柔らかな日射しが、変化を運ぶ風で心にたつさざ波を反射する。

いていると、いつの間にかその世界観に包まれて、ハッとしたり、ホッとしたり。

き始めた桜の横を過ぎたり、春の風に吹かれながら聞くのに、ピッタリだ。

お勧めである

は、ファンと言っても曲が好きなのであって、メンバーお二人にそれ程興味はない。

よって、公式サイトがあることを、恥ずかしながら今回初めて知った。

早速いってみる。

プロモーション映像や、最新情報が満載で、思いもかけない充実ぶりに驚いた。

個人的に気に入ったのは、ボーカル二ールさんからのメッセージだ。

に、クロッカスが咲き始めた写真と共に、「春だね~」とある。

なんのことはない一言だが、私もこの頃の景色を眺めながら、心の中で同じ言葉を繰り返しているので、彼の気持ちがすごく分かる気がしたのだ。

http://intl.jp/psb/ 

興味のある方は、ぜひご覧になってみてください。

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ニコッと

音楽はいい・・・っ!

コンサートで二胡の春恵(チュネ)さんに惚れ、始めた。

が冷め、ものぐさが優勢になる前に、助走をつけ清水の舞台から飛び降りたのだ。

を閉じて春恵さんの演奏をイメージして、奏でる。

は春恵さんの足元にも及ばないどころか、地中のマグマの辺り。

、気分は女子十二楽坊だ。

先生は優しく、なかなか進歩の兆しのない弟子にも、根気よく付き合って下さる。

レッスンのない日は、家族のいない隙を狙って、いそいそと二胡を取り出し、一人練習する。 

二胡の嬉しいところは、バイオリンの親戚でありながら、初心者に優しいところだ。

ドラえもんのしずかちゃんを思い出してほしい。

ジャイアンのボーカルか、しずかちゃんのバイオリンかで争われる、世界的アニメの2大騒音。

正統派の日本人には、それが刷り込まれている。

だから、二胡も繊細な弦楽器ゆえ、初心者を容易に受け入れてくれないものと覚悟していた。

!最初から、優美な音を発してくれるではないか。

しくて、ジ~~ンとした。

その感動に背中を押され続け、なんとかまだ続いている。

ケチ故、My二胡に投資した分、後戻りはできないというのもある。

二胡は、三味線に少し似ている。

が金属で2本になり、バチを馬の尻尾の毛の弓に持ち替える。

られている皮は、三味線が猫で、二胡がニシキヘビ。

にのせて、演奏するのは一緒だ。

は、三味線を少し触ったことがある。

の趣味だったのだ。

子供のうちなら、覚えが早いだろうと仕込まれたが、ピアノでいえば「バイエル」。

ごくごく入門的な「金毘羅」で挫折した。

が短いからか、バチをうまくさばけず、変なところが押し付けられ赤く腫れた。

くて痛くてやっていられないと、すぐに投げ出してしまった。

それ以来、楽器は私には縁がないと決めてしまった。

よって、今回二胡を始めたことは、本当に自分なりに勇気を振り絞ったのだ。

はまだ家族に聞かせる訳にいかないレベル。

普段家の中で大きな顔をしているだけに、ここぞとばかりダメ出しされそうだからだ。

もし家の中に、防音室があったら、「絶対に開けてはいけませんよ」と、鶴の恩返しのおつうのように言って、お籠りするだろう。

けるなといえば、開けたくなるのが、人情だ。

けたら最後、耳がどうなるか保証はない。程ひどくはないと思うが・・・念のため。

いつか、人様の前で披露できる日を夢見て、今日も練習している。

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カウチ ポテト

家族が各々見たいDVDをレンタルをするので、ネットで予約して、郵便でやり取りするサービスに加入した。

いくつかの料金プランがあるなか、新作も予約でき、月に8枚までレンタルできるものを選ぶ。

一月分の料金を8で割ると、一枚当たりのレンタル料は、近所で借りるよりも安くなる。

ログインし、予約リストに好みのタイトルを入れる。

それぞれが借りたいDVDやCDを登録しておくと、混み具合で前後するが、2枚づつ送られてくる。

利用して分かったのだが、自分はいかにお店に出向き、お店に返すのが億劫だったのかが分かった。

に届けてくれて、通りがかりのポストに返すだけでいいなら、すごく気が楽だ。

あれやこれやと予約し、週に一回の間隔で見聞きしたいディスクが届くのが楽しみになった。

しかし、家族全員、もともと映画好きではない故、程なくしてネタ切れならぬ、欲求切れになる。

だが、定額制なので、8枚借りないともったいない。

よって、それほど興味をもてない作品を、穴埋め的に予約する。

やがて、届いても見ないで放置するようになる。

同じサービス会社を利用している知人は、海外のドラマをシリーズで予約しているので、予約リストが数ページにもなるという。

対照的に我が家は、一ページ目も埋まらない状態だ。

何故なのかと考える。

の場合は、テレビで映画の放送をしているとき、それとなく耳に入るセリフに興味が持てたら、腰を落ち着け見始めるのがパターンだ。

最初から見るつもりで、テレビの前に陣取るのがなぜかいやなのだ。

出すと入り込み、ドキドキしたり、涙したりで大忙しなのに。

先日思い切ってサービスの「お休み」の手続きをした。

お休み中も、予約リストには借りたいものを登録できる。

それがたまったら、また再開しようと思う。

、ジンワリと日本映画が面白いと、このサービスを利用して、実感した。

ストーリーも、設定も、深みがあるし、見た後心が暖かくなる。

リメイク版などの連発で、どれも、どこかで見たようなハリウッド映画とは対照的だ。

子供の頃は、暗くてジメッとした日本映画よりも、明るくテンポのいいアメリカの映画の方が、断然好きだった。

友達と映画館に行くのも楽しみだったのに。

これは、大人になるとともに、自分の好みが変化したからなのだろうかと考えていたら、ある人がハリウッドの映画事情を話していて、納得した。

巨額の予算が必要なハリウッド映画は、投資家から資金を集めるために、期限がシビアに決められている。

投資に対しての配当を期待されているからだ。

よって、じっくりとストーリーから設定を練っている余裕がない。

だから、世界中に張ったアンテナで、観客が呼べる作品を探し、自国にてリメイクしたりするようになったとのことだ。

るほど。

先日、日本とアメリカの間で、アニメの制作を協力するドキュメンタリーをやっていた。

一つ目のケースでは、日本で人気の主人公が、アメリカの観客には受け入れ難く、変更が必須とのこと。

、日本側は、それを認めず、アメリカが折衷案を提示する。

キャラクターをいじられては、作品そのものが全く違うものになる。

過去のアメリカとの契約で痛い目にあった日本側は、慎重だ。

そして、もう一つの作品のケースだ。

制作も大詰めに入り、やっと完成に近づいたとき、有名女優との声優契約が取れたので、突如吹き替えのやり直しを申し入れるアメリカに、頭を抱える日本側。

声優が入れ替わったことで、画面の口の動きも変えなくてはならず、大仕事になるという。

つのケースに共通するのは、アメリカ側の視点だ。

「観客動員数を、いかに伸ばすか。」それのためには、いかなる変更も当然至極で、なりふり構わずといった様子に見える。

作品の良し悪しなど、二の次なのだ。

これを見て、アメリカ映画が精彩を欠いた理由が分かった気がした。

肥大して、水っぽくなった文化と、さらに熟して、グッとうま味を増した文化。

、ハリウッドと、日本の映画は対照的だ。

アメリカの映画からは、過去、日本にはない、心に残るものをたくさんもらった。

以前のようにまた、ハリウッドから、素晴らしい作品が生まれることを願わずにはいられない。

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もどかしきこと

、カーステレオを修理に出している。

ぽっかりと空いた空間の奥、配線がむき出しになっている。

がない寂しさは、私よりも家族に大きな痛手となっている。

いつもコブクロを大音量にし、我も負けじと熱唱する家族。

か過ぎて、普段耳にしない音をキャッチ。

異音がすると、スバルへ持ち込む。

、燃料ポンプの音で、許容範囲内だとの判断をもらって帰って来た。

いつもしていたのだが、コブクロでかき消されていただけだったようだ。

知人が勤めている、中古車販売会社の駐車場が、車上荒しにあった。

ランクル等、高級車ばかり6台が被害に。

乱暴に取り出されたオーディオだけでなく、そのせいで電気系統に被害が及び、エンジンもかからなくなったということだ。

が家の愛車フォレスターは、幸か不幸か、狙われる車ではない。

オーディオも、純正だ。

しかし、今の有様を人が見たら、被害車と間違うのではないかと思う。

ペットショップボーイズを、車中で聞けない家族のいらだちも頂点に達しつつある。

く帰ってこないかなと、家族全員が首を長くして待っている。

を運転していて、他車にメッセージを送りたいと思うことがある。

を譲るとき、「お先にどうぞ~」とか、譲ってもらって「ありがと~」など。

を走っている車に、「右のブレーキランプ、切れてますよ~」も、言いたくてたまらない。

以前、若い女性が運転する前車のタイヤが1本、かなりやんちゃな様子だった。

ボルトが相当緩んでいるのだろう。後ろから見ると、すごいスピードで8の字を描いて、ブレている。

これは危険だ。

信号で止まったら、すぐに教えようと構えていたら、このときに限って引っかからず、彼女は私が向かう方向から外れ、走り去ってしまった。

いかければよかったか・・・。と、しばらく後悔した。

現状では、ライトを利用した合図があるが、双方が全く逆の受け取り方をする恐れがある。

パッシングされ、譲られたと思った車と、「こっちが優先だ」と合図した車同士の衝突などだ。

このような危険を避けるため、明るいコミュニケーション手段があってもいいのではないかと思うのだが、どうだろうか。

運転の下手な私には、「トロトロ走ってんじゃないよー!」など、言いたい人がいると思う。

こんなこと、見ず知らずの人から言われたら、落ち込む。

よって、ネガティブメッセージは、ご遠慮願いたいが。

道路わきに駐車中の車に近づくと、発車しようと動き出したので、後ろについた。

トランクの上で、何かが動いているのに気づいて、目を凝らす。

やっぱり、セカンドバッグだ。

まず、クラクションを鳴らすが、止まる気配がない。

パッシングを加えて合図し続けると、ようやく止まってくれた。

用心顔の相手に構わず横付けし、窓越しにバッグの存在を知らせると、「アッ、いけない!」と御主人。

助手席の奥さまが、お辞儀をして下さった。

が御主人の立場だったら、怖くてそのまま走り去っていたかもしれぬ。

バスは、ハイジャックなどの緊急用に、外に向けてメッセージが送れるようになっている。

普通車も、相手のためになるようなメッセージを送れたら、運転中お互いが気持よくなるのではないか。

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ジブリの余韻

久石譲さんの、ジブリ音楽コンサートへ行って以来、家族は家にあるジブリ作品をまたよく観るようになった。

それが、会場で耳にした素晴らしい音楽を思い出すきっかけになる。

それまであまり意識してなかった、番組のBGMにも気が向くようになり、改めて久石さんのご活躍と、作品の素晴らしさに感嘆している。

家族とともに、ジブリ作品を観賞していていつも感心するのは、音楽と場面のシンクロだ。

音楽が先なのか、アニメのシーンに合わせて音を編集するのか。

メイキングのインタビューで宮崎監督が、「ずっと音楽を流しながら描いた。」とおっしゃっているが、音が先なのだろうか。

のぞみちゃんが唄う、「ポニョ」に関しては、お話を頂いてすぐにサビの部分が浮かんだと、久石氏はおっしゃっていた。

状況次第なのかもしれないが、そのあまりの素晴らしさに、凡人故の疑問が爆発だ。

先日買い物していて、店内に流れる耳慣れた音楽にふと聞き入ってしまった。

買い物も忘れて、音に集中する。

やはり、所々が、「もののけ姫」の音楽だ。

おなじみの旋律が、ディスコティックなリズムとミックスされ、妙に心惹かれる。

そのまま店を出て、CD屋さんに飛び込む。

まだポニョの特設コーナーがあり、ジブリのCDもたくさん置いてある。

そのなかに、ひときわ多くのスペースを割いている1枚が目に止まる。

店員さんに、「試しに聞きたい」とお願いすると、既に視聴コーナーにセットされていた。

そして、店内お問い合わせ№1と書いてある。ほほー、やっぱり。

予感は的中した。

いつもレンタルで済ますケチな私が、その場で購入を決めた。

早速家で聴くと、全部いい。

家族は、オリジナルの方がいいと言うが、それも分かる。

ピアノのたたき方が強すぎたりして、耳障りな部分も確かにあるのだ。

だから、オリジナルと、こちらを気分で聴き分けている。

もうお聞きの方も多いかもしれないが、以下お勧めである。

the ジブリ set Music the ジブリ set

アーティスト:DAISHI DANCE,arvin homa aya,麻衣,Lori Fine
販売元:アーモンドアイズ
発売日:2008/07/02
Amazon.co.jpで詳細を確認する

の一時、音楽に浸るよい導入剤だ。

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悠久の響

中国楽器のコンサートに行ってきた。

四川復興支援のチャリティーコンサートで、中国琵琶、揚琴、二胡の三楽器のコラボだ。

まず嬉しかったのが、演奏者が美男美女揃いであったことだ。

不謹慎と言われるのを覚悟で書くが、大きく割れたチャイナドレスから覗くおみ足が、大変美しかった。

どの楽器も、初めて生の演奏を聴くものばかりで、わくわくする。

演奏が始まると、その圧倒的な迫力に、瞬時に引き込まれた。

中国の古典音楽から、日本の童謡、歌謡曲、流行曲と幅広いジャンルであきさせない。

地方故の事情で、空席が目立つのが、もったいないやら、申し訳ないやら。

しかしそのお陰で、最前列を陣取り、演奏の様子を間近に見ながら聴くことができたが。

中国琵琶は、日本の琵琶と違ってバチで弾くのではなく、5本指の先につけたプラスチック製のつけ爪でかき鳴らす。

もらった資料には、数百種の音響効果を出せるとあるが、まさしく4本の弦と、両手が次から次に魔法のように音を紡ぎだす。

奏者は、世界的にご活躍の、邵容(シャオ・ロン)さん。

中国琵琶は、膝に立て、抱えるように演奏する。

美女に抱かれて、琵琶が張り切っているように見えた。

にもとまらぬ速さで琵琶の上で指が舞うと、哀愁を帯びた音色が跳ねる。

揚琴奏者は、黒一点、イケメンの石磊(シー・レイ)さん。

のファンと思しき面々が、客席を賑やかにする。

揚琴は、ピアノと同じ楽器がルーツだそうだ。

西と東にそれぞれ伝えられ、全く違う楽器に変化したのが面白い。

繊細な竹でできた、スティック2本で玄をたたいて演奏する。

たった2本が、驚くほどたくさんの音を次から次に紡ぎ出す。

トークも楽しく、人気があるのが頷ける。

二胡は、春恵(チュネ)さん。シーさんが中国語を勉強し始めたと紹介していたので、たぶん日本の方だ。そういえば、きれいな日本語を話しておられた。

女子十二楽坊かと見まごう、美麗な演奏にうっとりである。

はバイオリンに似て、伸びやかで優しい。

チュネさんに影響され、本気で二胡を勉強したくなり、帰宅して二胡教室の所在を調べた程だ。

楽器を弾けるというのは、長年の憧れだ。

この辺で、実現に向けて努力を始めるのもいいかもしれない。

シャオさんとシーさんは、また一緒にコンサートをなさるとか。

機会があったら、ぜひ足を運んでみてください。

にピッタリの、しっとりとした哀愁の世界に誘ってくれるはずだ。

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音 階

音楽は、なくてはならないものだ。

さな頃から、生活のなかにいつもあった。

両親とも歌が好きで、よく歌っていたし、テレビの音楽番組もよく見ていた。

しかし、音楽環境にはとんと興味がなかったようで、テレビや車のラジオで満足していた。

ところがある日、父が職場からポータブルプレーヤーをもらってきた。

もちろん、レコードのだ。

ベージュで、ちょっと汚れたそれは、我が家で大歓迎された。

早速レコード店へ行き、童謡のレコードを買ってもらう。

両親は、二葉百合子さんのだ。

そっと針を落とすと、かすれた雑音に混じって歌が流れ始める。

不思議で嬉しくって、何度も聞いていた。

それはある日、前触れもなく起こった。

どのくらい連続して使っていたのだろうか。

突然音楽が途切れ、「ボンッ!!」と大きな音をたてたと思ったら、白い煙と焦げくさい臭いがモワッと広がった。

なら、リコールだなんだと大騒ぎになったと思う。

だが、その頃はPL法もなければ、消費者センターの存在も知らなかった。

中古のもらいものだから、仕方ないやと受け流す。

そして、新品のプレーヤーを買ってくれたのだ。

今度は鮮やかなオレンジ色で、ピカピカだ。大きくって、音もよい。わーい。

およげたいやきくんのレコードも、それで聞いていた。

を知ると、現状が色あせてみえる。

友人の家で、ステレオの存在を知った。うちのとは、比べ物にならないほど、音がいい!

AMラジオ以外に、FMラジオがあると知った。こんないいものがあったのか!

の民謡のレッスン用であったラジカセで、FM放送の歌謡曲をテープに録音して聴くようになった。

アルバイトをするようになって、真っ先に買ったのはステレオだった。この頃から音楽の環境が一気にアップした。

やがて、CDなるものが登場する。

以前のコンポは、安いものでも一体型になっているものが少なかった。

に入った部分をチョイスして、バラ売りしてもらえたのだ。

友人のアドバイスで、コンポとお揃いのスピーカーでなく、ちょっと高いものを奮発して組み合わせる。

CDプレーヤーも、後から購入してつなぐ。

その頃はレンタル屋さんも普及して、以前よりも安く、たくさんの音楽をいい音で聴けるようになってご機嫌だった。

しかし、私のステップはここ止まりだ。

未だに「MDって、CDよりいいの?」の疑問をもったままだし、あのちっこいライター位の大きさで、音楽が聴けるやつもよくわからない。

CDプレーヤーを買い替える時、レガート・リンク・コンバージョンのついたものにして、むしろ昔の音に近いものを聞いている。

り返ってみると、どんなにいいステレオより、あのベージュのプレーヤーが懐かしい。

音楽は音だけでなく、そこにある全てを包みこんで、体に染み入ってくるのかもしれない。

あの「音」を、もう一度聞いてみたい。

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日本武道館にて

崖の上のポニョ」公開記念 久石譲 in武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間~

クラッシックコンサートなど、寝る場所だと豪語していた家族が、アンコールの後、自らスタンディングオベーションの先陣を切っていた。

土砂降りのなか、びしょびしょになった人たちが次々集まり、席は埋まった。

の轟音響く中、会場中が久石さんの世界に浸り、堪能した。

さなお子さんも、たくさんいらしていたが、大人同様静かに参加していたのが、驚きだった。

それだけ、大人から子供までが、夢中になっていたのだと思う。

世界に誇る宮崎アニメの生音楽を、作曲者自らが演奏、指揮するのを、この耳で味わえる最高の贅沢に、めまいを感じる程であった。

大型スクリーンには、アニメのシーンや、演奏者の表情が映し出され、どの席にいても、同じ感動を味わえたのだ。

180名のオーケストラ、複数の合唱団、ブラスバンドで、総勢1300名の方々が奏でる芸術に、鳥肌が立たない訳がない。

感動で、目頭が熱くなること数え切れず。ずっと、ずっと、そこにいたかった。帰りたくなかった。

ゲストも、大変豪華であった。「ポニョ」の主題歌を歌う、大橋のぞみちゃんと、藤岡藤巻さん達、久石さんのご友人であると紹介された、平原綾香さんなど。

3回の公演では、勿体ない。

何回でもやって頂き、できるだけたくさんの人に、この感動を体験して頂きたいと思う。

余韻に浸りながら、富里への帰路につく。

所々雨に降られながら、高速を走る。

追い越し車線を、走る車の屋根に赤灯が。

覆面パトカーであった。前方のワンボックスカーを、路肩に誘導し、停車させる。

覆面の見分け方が知れ渡り、ちっとも覆面でなくなった時期があった。

ターボはついていたが、3ナンバーで、確かに普通の車だった。

ポルシェの覆面、5ナンバーの覆面などの噂もあったが、どうなのだろうか。

その、ほんの少し前まで、追い越し車線を走っていた。

夢見心地で、何も考えず車を走らせていたので、本当に危なかった。

久石パワーが、私たちを守ってくれたのだと思った。有り難すぎです。

いろいろなコンサートに行く度思う。

ご自身の才能で、見ず知らずの私達を感動させてくれるすごさに、また感動する。

自分にはとてもできないだけに、羨ましくもあり、有り難くもある。

そんな素晴らしい人達がいて、本当に良かったと、改めて感謝せずにいられないのだ。

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天使のラッパ

家族が、一時オーボエを吹いてた。そのことを別の家族が、友人に話すと、「オーボエなんて楽器はない」と言い切られたらしい。確かに、楽器の中ではマイナーな存在である。恥ずかしながら、私も知らなかった。

後に、家族の師匠となる女性が、演奏するのを、偶然聞く機会があった。その時注目していたのは、音だけではなく、傍らに置いてある、フィルムケースである。中には、液状のものが入っており、演奏の合間に、その中に何かを入れたり、出したりしている。すんごく知りたかったが、初対面で、いきなり聞くのも失礼かと思い、ぐっとこらえて帰った。

ほどなくして、家族からあっさり種明かしされる。あれは、リードという、オーボエの吹き口の竹を、湿らせるための、必須アイテムだったのだ。デリケートな部分だけに、乾燥させてしまうと、すぐに使えないらしい。しかも、継続して使用することも控えなければならないので、先の女性は、小まめに交換していたということだ。ほほー、大変ですな。

人ごとと思っていたら、大間違いであった。7㎝程の竹の筒が、何と数千円するのである。しかも、ひと月持たないというではないか。常にスペアを入れて3本は必要だったので、毎月1万円前後の、コンスタントな出費になる。

近所の専門店に、リードを買いに、一緒にくっついて行く。あまり知られていないが、実際に吹いて、自分に合ったものを購入するのだ。ハード、ノーマル、ソフトなどのランクはあるが、天然素材だし、一つ一つが手作りなので、微妙に違う。よって、同じソフトでも、全部試して選ぶのである。おちょこに入った水を渡してくれ、リードを水に浸す。持参したオーボエにセットして、吹いてみる。

これが始まると、30分では終わらない。いつも、本を持参して、時間をつぶす。

音楽とは不思議なのもので、本に集中していても、いいと思う音は、耳に飛び込んでくる感じだ。帰りの車の中で、「私は、2番目と、3番目がいいと思った。」と感想を言うと、家族も、「今日選んだのその2本だよ。」と、自分の選択が良かったのだと、気を良くする。

のだめカンタービレ」のお陰で、オーボエは、今では、メジャーになったであろう。イケメンが奏でる、オーボエ協奏曲に、ノックアウトされた人も、多かったのではないか。

が見える人がいると、聞いたことがる。昨日テレビで、「サヴァン症候群」の特集をやっていたが、そのなかで、茂木先生が、「共感覚」という言葉で説明しておられた。

他に、ものが数字に見える方など、私たちとは、違う世界を見ている人たちがいることを知り、大変興味深かった。

が見える方は共感覚の中でも、「色聴」といわれ、オーボエの音が、スミレ色に見えるらしい。

では、オーケストラなど、たくさんの楽器が演奏されているときは、どんな景色をみるのだろうか。たくさんの色が絡みつつ、マーブル模様を描き、周囲を流れて行くのだろうか。などと想像する。

厚い雲の割れ目から、光が差し込む。そこを天使がゆっくり舞いながら、降りてくる。その時聞こえるのは、きっと、スミレ色のオーボエの音に違いない。それほど素晴らしい音色を奏でる楽器である。

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愛玩動物販売店の少年達

日本語にするとまわりくどい。 「ペットショップボーイズが好き」といっても、「?」の反応が圧倒的だ。「渋いね」「いいよねー」と知った上での反応は、今まで、たった2人だけだ。

最後に来日したのは、何年前か。その後も、コンサートの予定が入り、3日間とも予約を入れたが、公演自体が取りやめになってしまった。

彼らの音楽は、ボーカル、二ールの透きとおった高音と、クリスのテクニカルなサウンドが、シニカルなメッセージとあいまって,幻想的な世界を生み出す。芯に漂う、自虐的な思考が、私に共通する部分を感じさせる。

例えば、「It's a sin 」は、「自分がいいと感じること、やりたいと思うこと全てが、世間では、悪である。」と、ひたすら自身を責める歌だ。以前の自分が、まさにそうだった。

「暗い」と思われるかもしれないが、お茶目で微笑ましい、作品も多い。気分に合わせて、聞きたい歌を、カーステで、ひたすらリピート再生している。

自分のお葬式に、エンドレスで流したい作品もある。しかし、最近新聞で、葬送用のCD発売の記事があり、そのなかに「同じ音楽ばかり聞かされて、うんざりした」的な感想があり、反省。何曲か増やさねばと思っている。

彼らは、シャイである。その言動などから察するに、たぶん、自信もないと思う。だから、われわれファンが、「よいしょ」して、「やんや」と盛り上げてあげないといけない。

なのに、最後の日本公演では、優等生の授業風景のようであった。観客席が、おとなしすぎるのだ。「You say!]とマイクを向けられたら、下手でも声を張り上げて、歌うことは、ファンの義務だと思うのだが、戸惑いつつ発声する合唱は、歌わないよりましな程度でしかない。これでは、彼らの中の日本の印象は、かなり、悪いのではないか。

アルバムの日本先行販売や、日本限定ディスクがあるぐらいだから、日本は大事なお客様のはずである。しかし、コンサートが盛り上がらないのでは、「わざわざ行かなくても、CD売っときゃいいや」と思われても仕方がないだろう。

私が、コンサートの主催者であったら、まず、日本のラテン民族である、関西の方々をアリーナと、2階前席にびっしりと配置する。もじもじ君と、はにかみちゃんの関東以北の方々は、盛り上がる彼らを見て、じっとしてたら、見ることすらできないので、自然に立ちあがって手を振ったりし始めるだろう。そうしたら、しめたものだ。DVDで見る、リオのコンサート風景に近い、熱い空間になるはずだ。

そこまで盛り上がったら、彼らも「また日本に来よう!」と、思ってくれるはずである。

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