旅行・地域

宴のあとに

伊勢旅行で食欲のハメをを外し、帰宅してからも制御できないまま、日々過ごす。

ん?

カレンダーに、何か書いてある。

読むと、「健康診断」とあるではないか。

予約したのが先々月。

きれいさっぱり、頭から消え去っていた。

恐ろしくて、体重計に乗ることが出来ない今日この頃のだらけた生活。

すぅーっと、血の気が引いていった。

ど、どうしようっ?!

おろおろと、家の中を歩き回る。

実は、昨年検診を終えた後の診察で、「身長に対する体重も理想的ですし、このままの生活を続けて下さい。」と、以外にも褒められてしまった。

一年後の激変ぶりに、今度は何を言われるだろう・・・・。

なにより、二度と見たくない数字が、「過去の結果」として、これからずっとついて回るではないか。

そう思ったら、いてもたってもいられなくなってしまったのだ。

よし、こうなったら断食だっ!

余分なものをため込んでいる、特に下腹部のお肉を、ちぎらんばかりにつかみながら、心の中でそう叫ぶ。

といっても、まずは普段の「ゆるプチ断食」を復活、さらに厳格化するだけだが。

朝起きたら、ショウガ紅茶に黒砂糖をちょっと入れて、数杯飲むだけ。

もちろん、朝食は抜き。

昼食は量を減らし、ショウガ紅茶と共にいただく。

夜は、ピンポン玉位のご飯に、おかずをちょっとつまむだけにし、食後にまたショウガ紅茶。

そうすると、汗はだくだく出るし、お通じも目白押し。

数日間で、大分スッキリしてきたのを実感できるようになった。

そしていよいよ、健康診断前日。

ここからは、初挑戦。

「プチ断食ダイエット法」の、週末一日断食を実行してみる。

正式な方法は、ニンジンリンゴジュースも飲むのだが、今ない。

よってその日一日、黒砂糖入りショウガ紅茶以外、何も口にしないでみる。

切羽詰まっているからか、不思議とお腹が空かない。

いい調子だと余裕でいたら、外出していた家族が、お土産にかき氷を買ってきた。

断食しているのは内緒なので、一緒に食べてしまう。

ま、もとは水だから、いいよねと。

夕食を作ってる途中、「あ、これ自分は食べれないんだ」と気付いた時、モチベーションが急降下。

それ以外、割と心は平穏に一日が過ぎた。

当日は血液検査のため、当然朝食は抜きで来るよう指示されている。

幸いなことに、特に体調の変化も感じられず、元気よく出かける。

健診会場に到着。

とうとう体重計に乗る時がきてしまった。

係の人が計測結果を声に出さない人だったので、あえて見ないようにする。

というか、怖くて見れない。

全てが終了し、診察室に呼ばれる。

先生の前にある計測用紙の数字が、ふと目に飛び込んできた。

するとなんと、昨年よりも少ない数字が。

おぉぉ!やったぁっ!!

大人しく座っているが、心の中では勝利のダンスだ。

先生のお話も、よく耳に入らないほど有頂天になる。

やれば、出来るんだぁ~。

鼻歌交じりに家路に就く。

計、4食分を抜いていたが、空腹に慣れたのか、あまりお腹が空いていない。

断食の後初めて口にする食事を「捕食」と言って、注意しなければならないことがある。

いきなり普通食を取ったりすると、体がびっくりして不整脈やめまいが起こり、場合によっては、意識を失ってしまうこともあるという。

とりあえず、冷蔵庫にあった水ようかんと、おせんべいを試しに少しづつ食べてみる。

ようかんはお豆を、おせんべいはお米をすり潰したものだから、消化はいいだろうと、勝手に判断して。

しかし、食べ終わって程なく、体がどうしようもなくだるく、眠たくなってきた。

慌てて「プチ断食」の本をめくると、「捕食を食べ過ぎると、消化のために胃腸に血液が集まり、一時的に脳や筋肉の血流が不足して、眠気や疲れが出たりする。」と書いてある。

あらら。

量は少しなのだが、ようかんとおせんべいは、私の体には(?)NGだったようだ。

とりあえず、横にならずにいられなくなり、布団に入る。

幸い2時間程眠ると、すっきり。

いつものとおり、仕事に戻ることが出来た。

目出度し、目出度し。

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猿田彦神社

で、久しぶりにおみくじをひいた。

かわゆい巫女さんにお願いすると、「好きな方を振って逆さにして下さい。」と言われる。

は~い。と猫なで声を出して、早速家族が手に取る。

木の箱が2つあり、両手で持って、うんしょっしょと振る。

じゃらじゃらと箸どうしがぶつかるような音がして、逆さにすると、ピョンと木の細板が飛び出してきた。

「番号をおっしゃって下さい。」と巫女さんが微笑む。

伝えると、その番号の引き出しからおみくじを出して、渡してくれる。

私はこっちの箱を振ろっと。

他の家族は全員六角柱の箱を選んだ。

それならばと、あちこちが削れて年代ものに見える、四角柱の箱を手に取る。

うっ、お、重い。

両掌でがっしりと掴み、一生懸命振る。

うぉりゃっ!と気合を入れて逆さにすると、なんと穴から2本の細板が飛び出しかかっている。

あららと、慌てたが、「こっちにしよ」と瞬間的に決め、片方を押し戻す。

「二十二番お願いします。」

巫女さんが、どうぞと手渡してくれるのを、うやうやしく受け取る。

全員がひき終わったところで、「せーの」で開く。

最初に書いてある和歌は、とても分かりやすく、すんなりと意味が入ってきた。

要約すると、「梅や桜が咲き乱れる庭を、ゆったりと眺める心地でしょう。」という感じだ。

おぉ、なんか、これだけでも嬉しいな。

と思ってその下を見ると「吉」の字が目に飛び込んできた。

その右に「大」の字。

おぉぉぉ!大吉だ!

と思わず声になってしまう。

家族達が、「えぇ!」と驚く。

全員無事に「吉」のつく結果だったが、「大」がついていたのは私だけだった。

帰りがけに、木に結び付けようと、縦に細く折り始めた家族を、慌てて止める。

江原さんのご本に、「おみくじは神様からのお言葉。それを木の枝に結び付けて帰るのは、せっかく頂いたお言葉を、いらないと返すようなもので、言語道断。大切に持って帰り、一つ一つの言葉を、じっくりと噛みしめましょう。」というようなことが書かれていた。

不服そうな家族にそれを伝えると、納得。

皆大事に持ち帰ってきた。

猿田彦神社は、伊勢神宮のすぐそばにある。

天界から神が降臨させた折、道案内をした「サルタヒコノオオカミ」をご祭神とする神社から、「みちひらき」の神様といわれている。

江原さんによると、未来予知のご神徳を感じるという。

おぉ!では、ここで「大吉」のお言葉を賜ったということは、私の未来はバラ色?

と、益々嬉しくなってしまった。

境内には、佐瑠女神社もあり、両方にお参りしてきた。

こちらは悩殺ダンスで、天照大神に天岩戸を開かせた「アメノウズメノミコト」がお祀りされている。

芸能の始祖といわれている女神さまゆえ、宝塚はじめ芸能関係者からの崇敬が篤いお社だという。

縁結びのお守りが、「ご自由にお持ちください」と置いてあったので、遠慮なく頂いてきた。

「ラブ」のお守りというよりも、芸術性や、自己を高めるいい出会いを導いてくれるのかもしれないと思うと、わくわくする。

ところで今回、小吉と吉、どちらの方がいいのか家族に聞かれて、答えに詰まる。

調べたら、大吉>中吉>小吉>吉>末吉>凶>大凶の順と知る。

しかも、吉が大きいほど油断すると、凶に転じやすいともあり、ショックを受ける。

いつまでも浮かれてないで、足元をちゃんと見て歩きなさい。

ということか。

気を引き締めねば。

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伊 勢 美 人

お伊勢参り中には、おはらい町や、おかげ横丁でたくさんお世話になった。

お土産を選んだり、食事をしたり。

一日に3度も内宮に足を運び、のどが乾いたら、店先でキンキンに冷えたラムネを飲ませてもらったり、買い食いも多数。

そなんななか、家族が度々「伊勢レベル高い」と、何度も呟く。

ほー。

私同様、なにも視えない家族。

しかし以前、一時期は、確かに視えていた時代があった。

父が飼っていた犬が亡くなった時。

「ここにいる」と、玄関を指差す。

しかし、家族以外は、誰も視えない。

愛犬がまだ留まっていることを喜んだ父が、「まだいるかい?」と家族に度々確認していた。

「うん、いる。」

が、3日目には「もういない」と言われ、「そうか、いったのか」とホッとしたような、寂しそうな父の顔を、今も思い出す。

お盆のお墓参り。

私たち以外誰もいないのに、「今日は、人がいっぱいるねぇ。」と、嬉しそうに言いだす家族に、時期が時期だけに、皆納得。

他にも、プチネタがたくさんある。

そういうキャリアを持つ家族なので、何かキャッチしてるのかも。

さすが、お伊勢さん。

と、感心していた。

閉店の早いおはらい町。

店じまい間際に滑り込んで、慌てて食事を注文。

この時も家族が、料理が運ばれてきたとき「レベル高い」発言をした。

お料理はすごいボリュームで、しかも伊勢の地のものを使った超美味。

「うん、ほんと伊勢ってなんでもハイレベルだね。」と、同感。

しかし、食べるのが異常に遅い私。

完食目指して奮闘中、ふと店長らしき男性の声が聞こえてきた。

「今日はもう帰ってもいいよ。」

私が済むのを待っていた従業員さんに、声を掛けたのだろう。

私一人のため、帰れずに待っている人がいる。

いたたまれない気持ちになったが、残したらもっと申し訳ないと、かき込む私。

やっと食べ終わって、お勘定を済ませていると、一人残っていた女性が私達のテーブルを片づけるために、向かう。

するとまた家族が、「やっぱり、レベル高いわ」と、ぼそり。

成程。

そこでしたか。

鈍い私は、ここまできてようやく、気付いた。

あまり人の顔をじろじろ見ないが、記憶を辿ると、どのお店の女の子も可愛かった気がするな。

共通するのは、皆スレンダーで小顔。

髪はつやつやとした黒髪で、染めた人は一人もいなかった。

丸顔か、卵型の柔らかい印象の女の子が多く、何故か皆身長は低めで150㎝台。

しっとりとした雰囲気で、浮ついたところがない。

控えめながら、しかし、気配りはしっかり。

おぉ、思い返せば、素晴らしい女性ばかりではないか。

我が意を得たり!と、家族も「そうなんだよっ!!」と力強く頷く。

調子に乗って、すれ違う観光客の中には、自分のお眼鏡にかなう人が、一人もいなかったとまで言いだす。

そして、「彼女達は、別格だ!」と、うっとりと締めくくる。

私から見て彼女達は皆、高校生位に見えた。

思えばどの方も年齢の割には、しっかりしてたなと感心していると、家族が何かに気づきハッとしている。

「もしかして、観光地だから、容姿で選別してるのかな?!」

まさか、神様のお近くで、人を見た目で分けるようなことをするはずないと、瞬間的に思った。

それにしても仕事柄、多くの現役女子大生と日々接している家族。

私から見ると、その年代の女性には大分、目が肥えているはずだ。

フム。と分析を始める。 

あの年代の子だと、あまりお伊勢参りに来ないだろうから、観光客さん達と比べるとグッと若い。

夏という季節も手伝って、開放的になっている観光客のスタイル。

ぎょっとする程派手なファッションの女性も少なくない。

対して彼女達は、黒やモスグリーンのエプロンやシックな制服姿。

それが、逆に若さを引き立たせている。

確かに全体的に綺麗なことは間違いないが、服装から受ける印象も大きいだろう。

プラス、ご両親の育て方と、お店の教育の賜物か、皆礼儀正しい。

「とどめは、あなたのストライクゾーンが、女子高生さんだから、余計に綺麗だって感じるんじゃない?」

「夏休み中だから、会えたんだよ。」

「良かったね。」

というと、フリーズする家族。

そうか、そういうことか・・・。と納得した様子。

最終日の朝食。

神宮会館とも、今日でお別れ。

給仕を担当してくれた女性が、20代後半と思しき、これまたしっとり美人。

やっぱ伊勢、レベル高いわ・・・・。

思わず私も加わり、2人が同時に呟いた。

さすが女神様のおひざ元。

年代を問わず、美人がいっぱいだ。

気になるお方は、ぜひご自身の目でお確かめ下さい。

期待は裏切らないはずだ。

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亀を車に乗り換えて

伊勢神宮参拝は、私にとっては、数年ぶりの旅行だった。

ほとんど、10年ぶりと言ってもいいかもしれない。

富里インターから、伊勢西インターまで高速で9時間程の旅路。

事前に三重ご出身の方に確認すると、「6時間で行けるよ。」と言われていたが、ちょこちょこ休憩していたからだろう。

出発直前の旅行番組では、ETC千円で走り放題の特集で、サービスエリア名物が取り上げられていた。

肉まん、焼きそば、メロンパンに海産物・・・・。

確かめずにはいられないと、ついつい寄ってしまったのも原因の一つだ。

お味はどれも申し訳ないが、「普通かな・・・。」と、いう感じだったが。

遊園地に温泉、宿泊施設も併設された所もあって、どこも賑わっていた。

こうなるともはや、往復二千円分の入場料を払って過ごす、立派なレジャースポットだ。

それを意識してか、数か所のサービスエリアで工事が行われていたのが、「トイレ」。

うす暗く、モノトーンの色調で、和式の便器がズラリ。

素直に書くと、まさしく「便所」。

そんなイメージだったのが、大革新。

今は、ショッピングモール並みのおしゃれな内装に、洋式ウォシュレットが当たり前。

中には、個室に入ると、センサーが感知して、間接照明が点灯する気配りトイレまである。

おぉ!

たった数年ご無沙汰しただけで、こんなに変わっちゃって・・・・。

と、浦島太郎ばりの感慨に浸っていた。

湖を高台から見下ろして食事が出来るレストランは居心地がよく、まだ旅の途中だということを忘れ、つい長居をしてしまう。

食後は、有名ショップのコーヒーを片手に、湖の周りをゆったりお散歩・・・・。

パラパラと雨が降ってきたお陰で我に返り、慌てて車に戻り、スタート。

そうやって、あちらこちらにひっかかりながらの、旅だった。

キャンペーンで、レシート二千円分で応募できる、ポケモン懸賞にも、しっかり参加した。

DS当たったら、ポケモンやるぞー。

と、張り切る家族。

私はこっそり、「遥かのDS版やろぅっと」と、取らぬ狸の皮算用。

一つ目には見えないが、とても印象的で嬉しかったことがある。

お店を出るときに、女性店員さんがかけてくれる言葉だ。

「お気をつけて、行ってらっしゃいませ~。」

ほとんどのサービスエリアで、聞かれた。

有難う~!!運転、頑張るよ~。

と、聞く度に、心の中で元気モリモリになっていた。

有難や、言霊。

お陰様でこの通り、元気に帰ってこれました。

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伊 勢 神 宮

に、参拝してきた。

念願かなって、大満足。

到着初日に外宮に参拝。

外宮を最初に、高速道路を挟んで向かいの内宮の順が、正式なお参りの順序とのことだ。

翌日以降滞在中は、ほとんど伊勢神宮の内宮に、入り浸っていた。

お宿は、神宮会館。

神宮敷地のお山に位置しているので、内宮まで徒歩5分という好立地。

宿泊してフロントに依頼すると、「早朝参拝」に無料で案内してくれる。

季節によって違うだろうが、朝6時半にロビー集合。

数十人でぞろぞろと、お伊勢さんに向かう。

一の鳥居と二の鳥居に挟まれた入口の宇治橋は、20年に一度の架け替えの最中ということで通れず、すぐ横の「仮橋」を渡って入るという。

よりによって、自分達が来たときに当たってしまうとは・・・。

がっかりしている参加者の気持ちを察したのか、案内人さんは言う。

「仮橋といっても、20年に一度しか通れませんからね。」

そうかっ!そうだよねっ!!

と、一同即、復活。

元気に歩きだす。

天気は、曇り時々晴れ。

早朝の低い位置から時折差し込む木漏れ日が、御神木級の古木大木がひしめく境内に、神秘的な雰囲気を添える。

自分達だけで歩いたら、素通りしてしまうこと確実なスポットにも立ち止まり、いわれや由来を、説明してくれる。

各お宮全てにお参りして帰ると、1時間40分が過ぎていた。

帰ってすぐ、用意されていた朝食を頂く。

澄んだ空気の中を歩き、日本の大本の神様にごあいさつした後のご飯は、格別に美味しかった。

しかし、それを抜きにしても神宮会館の食事は、いい。

お味も、量も、組み合わせもバランスが取れているし、一品一品に心がこもっているのが分かる。

家族はもちろん、いつも朝食を食べない私もご飯を、お代わり。

テーブルのおひつがたちまち空になり、お代わりを頂く程だった。

一泊朝食付きで、大人一人7350円とは、お得感絶大。

神宮会館のHPで、予約が出来るが、埋まっていることも多い。

が、ネット用の部屋数が限られているためで、私が電話で直接問い合わせたときは、たくさん空いていた。

駐車場もたくさんあり、無料なので車でも大丈夫。

お部屋も施設内もきれい。

スタッフさん達の対応もとてもよく、お陰さまで滞在中、大変気持ちよく過ごせた。

しかも、内宮極近、お土産屋さんの並んだおかげ横町や、おはらい町が、道路を挟んですぐ前で、買い物もバッチリですごく便利。

超お勧めだ。

神宮会館 三重県伊勢市宇治中之切町152

(0596)22-0001   www.jingukaikan.jp/

一つ意外だったのは、それらのお店の閉店時間が、早いこと。

夕方5時頃には、ほとんどのお店が閉まってしまう。

夕食をこの辺りでと思っていたら、数店しか選択肢がない。

朝食がこれだけ美味しいなら、夕食も神宮会館でお願いすればよかったと思った。

「伊勢神宮崇敬会」の会員になると、その場で宿泊費も、館内の売店の購入額も割引してくれる。

「みもすそ」という刊行誌の送付や、催しのお知らせなどの会員特典がたくさん受けられる。

なにより、平成25年の神宮式年遷宮(20年に一度の建て替え)に少しでもご協力出来ればと入会した。

しかし、会費分よりも割引金額の方が多くて、かえって申し訳なくなる。

チェックイン時に、入会案内をくれるし、お部屋にもファイル資料が置いてある。

こちらも、お勧めだ。

期待していた、「影御前」にあったような出会いは、残念ながらなかった。

しかし、思いがけないラッキーが、小さいながら続発。

やっぱり、神様はおられるんだ。

そう確信して、うるうるしながら手を合わせてきた。

いつもありがとうございます!

少しでもご恩返しが出来るよう、益々頑張ります!!

と、胸を熱くしながら、帰途につく。

「次は、いつ行こうか?」

家族全員が、自然にそういう気持ちになった、お伊勢参りだった。

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続く まつりごと

「渡る世間」再放送も終わり、「ゴースト」もシリーズが終了してしまった。

私の毎日、毎週の楽しみが、ごっそりと減ってしまったではないか。

暑いこの時期を乗り切るための、頼みの綱だったのに・・・・。

と、一時放心状態になる。

が、ボーッとしているだけでは、仕事がたまってしょうがない。

我が家には、ちょっと汗をかいたからと、一日に何度も着替える家族がいる。

それも、複数。

家族にとってTシャツは、ティッシュとイコールだ。

特に大暑のこの時期は、さっき空にしたばかりのカゴに、気づくとTシャツの小山が出来ていて、プルプルする。

楽しみも奪われ、残されたのは暑さと、重労働。

ちょっと濡れたぐらい、辛抱せいやぁ~!

洗濯するもんの身にも、ならんかい!

と、プッツンするのも、時間の問題だと思う。

こんなご家庭のための清涼剤。

夏祭りの季節がやって来た。

「富里ふるさとまつり」だ。

予定通りだと、今度の土曜日8日の夕方から、富里中学の校庭にて、賑やかに開催される。

しかし、不景気のこのご時世だ。

我が町の花火も、ひょっとして中止か・・・・?

と、心配になる。

不景気だからこそ、こういうところは気張って欲しいと思っていたが、さすが富里。

例年通り行われると聞き、皆喜んでいる。

校庭に組まれた櫓の上で、5時~「よさこいソーラン」や、盆踊り大会。

富里自慢の、「ひずめ太鼓」の演技も披露され、夜店もぎっしりと出て、市民の大きな楽しみの1つとなっている。

そして今年も、8時10分~50分の花火で、締めくくられることとなりそうだ。

家族は、色っぽい浴衣やかわゆい甚平姿のお嬢さんたちを、私は夜店の美味と花火を目当てに、毎年参加している。

お祭り、お盆と予定が続けば、退屈の虫も吹っ飛ぶというもの。

デレーッとしていたら、あちらから帰ってきた父も、心配しよう。

お陰さまで今年も、「お帰りーっ!!」と元気に父を迎えられる。

しょんぼりしている場合ではなかった。

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蟄     居

毎年恒例の、水田農薬散布が行われた。

ラジコンヘリコプターで、2種類の薬剤が撒かれる。

稲のいもち病、紋枯病対策の、「カスミンバリタシン液剤」。

カメムシ、ウンカ類の殺虫剤、「スタークル液剤」。

早朝4時代から作業が始まり、10時頃までかかる。

たまたま通ると、作業服を着た数人と、白いラジコンヘリコプターを見かけることがある。

田んぼにあらかじめ立ててあった旗がなくなっているので、「ここは終わったな」と分かる。

自治会で回覧が回ってくるので、当日は全戸が窓をピタッと締め切る。

洗濯物も、外には干さない。

すぐ側の田にも散布されるが、薬剤の匂いを感じたことは、今までない。

4時間程残留するとの説明があるが、怖くてその日は洗濯も諦め、めったに使わないエアコンをつけて、お籠りする。

年に一度とはいえ、そこまで注意しなければならないものを、食べ物に使うことに、暗澹とした気持になる。

一斉散布は一度でも、お米が出来るまでに農薬を使う回数は、10回以上と聞いたこともある。

今、超早生とも言える品種があるようで、収穫までの期間がぐんと短くなっていることを考えると、全体的に散布回数は減っているかもしれないが。

食物が出来るまでを、身近で見れる地域に住んでいると、マスクやゴーグルで厳重に防護した人が、畑全面に薬剤を撒いているのが、いやでも目に入ってくる。

自然に、選んで食べざるを得ない気になる。

が、スーパーの店頭できれいにお化粧された野菜や果物を手に取る方達には、思いもつかないことかもしれない。

使う側にも、食する側にも害になる、農薬。

美しさよりも、安全が優先。

そうお互いを思い合えば、農業に光が射すのではないか。

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点が 線に

お伊勢参りの準備に、ガイドブックを選んだ。

伊勢神宮の正式な参拝の仕方や、作法が詳しく載っている、正に欲しかった情報満載で、嬉しくなる。

更に詳しい地図も欲しいと、本屋さんに出かけた。

全部を見比べた訳ではないが、JAFの地図が見やすいと感じる。

そういえば、走りやすいルートなんかの情報もあるのかな?

JAFのHPに、いってみる。

お勧めのドライブコースなどがいくつかあるが、どれも「周遊」の範囲で、遠距離ドライブはなかった。

大分前に、JAFの会員サービスとして、行き先を指定すると、お勧めコースや周辺情報を送ってもらえるというのを見聞きした覚えがある。

利用しようかとも思ったが、時間的な余裕がない。

ま、何とかなるでしょ。

と開き直っていたが、「高速日和」http://kousokubiyori.jp/index.htmlのことを知った。

このサイトの「ドライブコンパス」で出着インターチェンジと、車種、日付、出発時間を指定して検索すると、数種のルートと、ETCを利用した場合の料金に、所要時間までがパッと出てくる。

おぉ!便利だ~!!

途中の休憩所の情報もあり、至れり尽くせりだ。

有難や~。

これで、行き帰りはバッチリだ。

あとは、お伊勢さんで失礼のないように気をつければ、よい。

そして、家にあった「スピリチュアル・サンクチュアリ 江原啓之神紀行」を開く。

そこには、江原さんお勧めのパワースポットの情報と、各地の「カラー」が詳しく書かれている。

伊勢のページには、「自分の利益だけを願わない、気高い心で訪れるべき土地。」とのアドバイスが。

ほほー。

煩悩がぎっしり詰まった凡夫には、大変厳しいお言葉だ。

う~む。

私、行っても大丈夫かな?と、心配になる。

「影御前」に出ていたが、一の鳥居と二の鳥居の間は、クリーンルームらしい。

聖域に足を踏み入れる人を、その場に相応しいように浄化するような空間とのこと。

普段感じない人でも、そこを通ると、空気が変わるのを感知できるぐらい、伊勢神宮は清浄な地らしいのだ。

ばっちぃから、あなたは入っちゃダメ。

などと、私だけはじき飛ばされたりして・・・・。

とにかく、日本の、世界のためになるようなお願いを用意して行かねば。と、焦る。

それにしてもと、ご本の江原さんを、しげしげと見つめる。

最近の「オーラの泉」などで拝見するお姿と、ご本の取材をなさった頃の江原さんは、まるで別人のようだ。

スリムでかっこよく、各地の神域に、厳かに佇んでいる。

チョイワルの色気さえ漂っているのだ。

ご覧になりたい方は、ご参考に。

江原啓之神紀行(5)

視えないけど、私の後ろ、お伊勢参りの団体さんになってるかな?

と、わくわくしながら、出発日を待っている。

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ええじゃないか

「ほんとにあった怖い話」に掲載されている、小林薫さんの「影御前シリーズ」が、コミックスになったので、買った。

「影御前」とは、小林さんご本人を守護している霊のこと。

小林さんの友人であり、お仕事の助っ人でもある女性には、烏帽子に水干姿の女性に見えるので、「御前」とお呼びになっているらしい。

影御前

その女性は、御前とお話も出来る。

小林さんご本人に直接伝わらないので、ときには御前からの伝言を代わって伝えたりしてくれる。

お名前を、桐生仁美さんという。

「ほん怖」に掲載されて、読んだ作品ばかりだが、特に面白かった「お伊勢参り」のお話が、もう一度読みたくて、コミックスを買った。

「視える人」が一緒だと、パワースポットが、人一倍深く楽しめそうだ。

イケメンの、風の神様が、お守りを下さったり、待ち合わせの約束をしてくださったり。

その親切さ、爽やかさは、まさしく「アンジェリーク」の風の守護聖ランディ様のよう。

すごく、羨ましい。

読んで、本気でお伊勢参りに行きたくなってしまい、今計画中だ。

旅行大嫌いの私だが、小林さんご一行が、一泊二日の日程だったので、トライする気になった。

その方面には鈍感なので、イケメンの神様には会えないだろうが、古くから日本人が「一生に一度は」と願った彼の地に、行けるうちに行きたいと思う。

この作品の中で「ほー!」と思ったのは、後ろの方たちのことだ。

「お伊勢参り」と決まったら、御前始め、背後の方たちが、友人知人に声を掛け、団体さんになっていたとのこと。

しかも皆、ルンルン、スキップ状態だというのだから、なんとも微笑ましい。

もちろん、普通の人には、女性の2人連れにしか見えないが。

肉体を持たず、霊体だけになったら、行きたいところに自由に行けるというイメージがあった。

ところがそうではなく、守護している人からあまり離れられないらしい。

ほほー。けっこう、不自由なのね。

ならば尚更、後ろの人達やご先祖様へのご恩返しに、ぜひ行かねばという気も強くなるのだ。

このような、目からうろこのおもしろ話が満載。

優しく、シンプルな画風で、「怖いの苦手。でも、不思議大好き!」という方に、お勧めしたい。

作品によっては、「うぎゃ!」と驚くシーンも、なくはないが、お伊勢参りのお話の、第七話「薫と仁美のええじゃないかツアー」なら、絶対大丈夫と保証したい。

このコミックス全体で一番怖いのは、笑顔が地顔で、普段「糸目」の桐生さんが、よくない霊に遭遇して、「カッ!」と目を見開くときだ。

その位、マイルドな一冊なのだ。

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スイカ づくし

富里名物、スイカの季節がやってきた。

スイカをどっさり積んだトラックが、よろよろと走る姿を、あちこちで見かける。

富里の1大イベント、「スイカロードレース」がいよいよ今度の日曜日に開催される。

それに向けて、道端を走るランナーの姿も、多くなった。

先日の日曜日は、あいにくの天気だったが、「スイカまつり」がにぎやかに開催され、元気モリモリ知事も駆け付けた。

母からゴロンともらったスイカは甘く、今年もいい出来だと、ニンマリ。

広報で募集があった、スイカの品評会の一般からの審査員にぜひなりたかったが、他に予定が入っていて応募出来ず、とても残念だった。

何十個も、無料で味わえたのになー。

来年も機会があったら、今度は絶対にトライするつもりだ。

スイカが冷蔵庫にあると、扉を開ける度に、幸せな気分になる。

おやつは全部スイカになり、ちょくちょく取り出しては切り、塩を振っていっぱい食べる。

家族がいるときは一応「スイカ食べる?」と聞いてあげる。

あちこちから、「食べる!」の声が返ってくると、ちょっと残念だ。

食べやすいようにという名目で、極力薄く切る。

お皿に並べると、自立できずに、パタンと倒れるほどに。

それに対して自分の分は、ドカンとダイナミックにいく。

お皿の上で、赤富士のごとく、堂々とそびえている。

「海の精」という、すごく美味しいが、ちょっと高いお塩を振って、スプーンを入れ、大胆に頬張る。

ことスイカに関しては、あからさまに不公平になっているが、家族から文句は出ない。

というか、言わせない。

スイカはこの時期しか食べれないのだ。

スイカの街、富里市民の特権として、各自が好きなように好きなだけ食べていい!

よって、この家で一番のスイカ好きが、一番多く食べる権利がある!

と勝手に決めて、ほとんど、一人占め状態だ。

ここで逆らうと怖いと、家族はよく分かっていて、したいようにさせるしかないと諦めている。

ところで、富里でスイカに会えるのは、この時期だけではない。

秋の産業祭りに行くと、スイカの赤ちゃんに会える。

間引いたスイカを、お漬物にしたものがあるのだ。

お醤油やショウガで漬け込んであり、よく見ると、スイカの縞々がちゃんと見える。

数に限りがあるが、農協の産直センターでも、手に入る。

他に、スイカの葛ゼリーも、人気だ。

小さな一口カップに入っていて、気軽に口に出来る。

市役所周辺を通行止めにしてコースを用意し、給水所にはカットスイカがどんどん補給される、ロードレース。

富里の太っ腹の見せどころだ。

スイカをかじりながらの応援も可能だ。

ぜひ、おいで下さい。

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秘密の花園

とお花見に行った。

ハラハラと散り始めた木。

満開直前の木。

場所と木の成熟度によって差が出るのだろうか。

て咲きそろった頃というのは、ないのかもしれない。

グレイッシュピンクの霞を見上げ、

今日で、よかったね」と頷き合いながら、父の墓を掃除する。

ると、先月のお彼岸に供えた花束のゆりの蕾が、開きかけている。

れてしまった他の花と共に捨ててしまうのは、もったいないな。

、ケチな私は思ってしまう。

素直に口にするが、もしそんなことをしたら、お父さんが恥をかくと母に言われ、しぶしぶ撤去した。

なるほど。

隣りやお向かいさんから、「お宅の遺族は、エコですな」ぐらい言われてしまうかもしれない。

その霊園は、食べ物をお供えしたら、残していかない決まりになっている。

カラスや、小動物に荒らされる可能性があるからだろうか。

ち帰るのが前提なので、父の好みを加味しつつ、自分が食べることを考慮して、お供えを選ぶ。

このときは、父母の大好物、豆大福。

ゴロゴロと皮に入った赤えんどうに、ほんのり効いた塩味がたまらない一品だ。

参りを終え、霊園の桜の下でのお花見タイムになった。

各々が、食べたい物を買って持ち込む。

ヒバリや、ウグイスの声を聞きながら、外で食べるお弁当は格別だ。

食欲も増し、いつも以上に箸が進んで、困る。

このときの母は、一つに決められなかったらしく、複数のパックを広げていた。

お稲荷さん、巻物バラエティ、ボリュームサンドイッチ。

しづつつまむのだろうと思っていたが、「御馳走さま」と立ち上がった母の前に視線を移して、度肝を抜かれる。

お稲荷さんと、巻きものがちんまり残っているだけで、サンドイッチはなんと完食している。

これが、かかりつけ医に、5kg痩せるように指導された人のすることだろうか。

し歩いて来る。」

さすがにまずいと思ったのか、桜並木に沿うように歩き出す。

10分程して戻った母が、興奮気味に、報告する。

拡張を続ける霊園の新たなスポット、「洋風霊園」を見てきたらしい。

大分前、新聞に入っていた折込チラシを私も見たが、墓石も洋風で、周囲にはバラがたくさん植えられているとあった。

入口は車が入れないほど狭かったのに、ズラリと並んだアーチに、数え切れないほど植えられた花木。

なんと、池まであったという。

あそこまでとは思わなかった」と、しきりに繰り返しながら、今度は豆大福をほおばり始めた母を、信じられない思いで見つめる。

あなたの食べっぷりも、負けてないよ。

とは言えなかったが、バラの季節になったら、私も見に行こうと思っている。

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き し ぼ じ ん

今年もそろそろ、タケノコの季節が始まっている。

亡きあとは、私がタケノコ狩りを引き継いで、母と出かける。

そこはかなり傾斜が急な竹藪で、気をつけないとゴロゴロと転がり落ちそうな場所だ。

不特定多数の人がやって来ては、思い思いに掘っていくので、所有者さんがおおらかなのだろう。

い訳になるが、タケノコ狩りを禁止したら、竹が縦横無尽にはびこり、厄介なことになりそうだ。

タケノコを掘ることによって、適度な間引きになりいいのではないか。

、自分に言い聞かせて、掘らせてもらう。

雨後のタケノコ。

という言葉通り、雨の降った後は、竹の赤ちゃんたちがこぞって顔を出す。

早朝6時頃車で出掛け、スコップや母特製の道具を竹藪に運び込む。

ったタケノコを入れる袋を各々手に持ち、斜面を降りていく。

が掘り出す役で、私は見つけ役だ。

落ち葉が積もっている地面を踏みしめ、先っぽの感触を探る。

理想的なのは、先っぱの色が黄色いものだ。

始めて時間が経つと、緑に変わっていく。

そうなる前に掘り上げると、身が柔らかくて、えぐみが少ないのだ。

センチから、十数センチの先っぽを求めて、ひたすら竹藪を歩く。

つけると、目印を付けて、母の到着を待つ。

は、掘りながらも周囲に先っぽを見つけるので、なかなか来ない。

に慣れない私は油断すると、自分が見つけた先っぽの場所が分からなくなる。

あそこと、あっちと・・・・と目で追いながら、見失わないように必死だ。

やっと母が来てくれ掘っている間に、タケノコを保管場所に運ぶのは、私の役目。

数十キロのタケノコを両手に持って、必死に斜面を登る。

り切ったはいいが、いつの間にか方向が狂い、保管場所が分からなくなって、泣きそうになる。

両手のタケノコは重く、紐が手に食い込んでちぎれそうになりながら、捜し歩く。

そんな有様なので、父からバトンタッチして最初の時は、「もう行くもんか」と思うほどきつかった。

、通っているうちに地形が頭に入り、斜面の上り下りにも慣れると、2時間程があっという間に感じるまでになった。

タケノコ狩りの醍醐味は、何といっても見つけた時だ。

最盛期だと、一つ見付けると、その付近で次々見つかる。

から、地下茎でつながっているので、先っぽのラインダンス状態なのだ。

だくになって堀り続ける母がバテた時が、休憩タイム。

に山のようになっている収穫を横に、お茶と甘味で疲れを癒す。

スッと疲れが抜け、さぁまた行くぞと、坂を下る。

それ程広い場所ではないので、同時間に数組が掘っていると、お互いの気配が筒抜けだ。

そんな時は、あちらに先を越されないようにと、余計に気合いが入る。

もう、いいでしょう!」黄門さまのように、母がいい出すまで、お伴の私はここ掘れワンワンを続ける。

引き上げるときが大変だ。

30kgのお米の袋にいっぱい詰まったタケノコを、数百メートル離れた車に運ぶのだ。

一回では無理なので、数回往復する。

り株に腰掛け、袋を背中に乗せてもらい、おんぶ紐を渡すようにして体にくくりつける。

よいしょと立つのが、また一苦労。

重量挙げの選手のようにタイミングを計り、勢いをつけて立つ。

油断すると、よろけて、倒れてしまうとこともある。

やや前傾姿勢のまま、車までヨチヨチと歩く。

が肩に食い込んで、アザができることもある程重い。

のトランクにどっこいしょと下ろすと、ほっとする。

今日もいっぱい採れたね。とホクホクしながら帰る。

しかし、ここで終わりではない。

今度は、毎年首を長くして待っている、山形の親戚に送るための準備があるのだ。

10個程の空き箱を準備し、新聞を厚く敷いて詰めていく。

世帯人数によって、大きさや本数が違うので、仕分けが大変だ。

伝票を書き、宅配業者さんに引き渡して、ようやく落ち着ける。

これが春の風物詩になっていたが、一昨年から雲行きが怪しくなった。

その日、いつものように大収穫で、車に一回目を積み込んでいた。

すると、いつの間にか後ろに、警備隊の車が停車した。

の高い男性が4人、こちらに歩いて来る。

ここ、立ち入り禁止なの、知らないのですか?」

「いえ、知りませんでした。」

ここは、○○○の管理なんで、入れませんよ。」よく聞き取れなかったが、成田空港の関係のようだった。

それ程の強面でないことをいいことに、聞いてみる。

今日採ったものは、持って帰っていいですか?」

責任者と思われる人が、ちょっとの間を置いて、許可してくれた。

の人が、「身元確認しなくていいんですか?」とその人に聞いているので、ドッキリ。

いや、そこまでしなくていい」と言ったので、ホッとする。

回目を運ぼうと歩きだすと、慌てて皆が追いかけて来る。

こらこら!どこへ行くの?!」

まだ向こうに、掘ったのが残ってるんです。」

じゃ、そこまで一緒に行きます。」と、3人が舌打ちしながらついて来る。

伝ってくれないかな?」と、調子に乗って考えた。

、当然だが知らんぷり。

てを運び終わるのを見届け、私達の車が離れるのを確認して、帰っていく。

の場所、探さないとだめだね。」しょんぼりと母が言う。

翌年は、知り合いに教えてもらった場所を当てにしていたが、そこも出入り禁止になってしまい、一度も堀りに行けなかった。

あれ以降は、知人が掘って来たものを分けてもらって、送っている。

大変で、本心は憂鬱な行事だったが、出来なくなると寂しいものだ。

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肝  心  要  の

13日の昼下がり、防災無線がしきりに放送を続けている。

防災無線では常日頃、小学生の帰宅時間に「皆で見守りを」や、行方不明の方の捜索、火事の情報などが流される。

この日は、「断水」と繰り返していた。

断水かー。

都内に住んでいた時は、よくあった。

ポストによく、「断水による濁り水のお知らせ」と、日時が書かれた紙が入っており、「またか」と慣れたものであった。

しかし、ここに越してきて十数年。

めてのことである。

いったい、何があったのか。

放送では、ポンプの故障としか聞き取れない。

断水は富里全域に及んだらしい。

遅くになって、給水車が来てくれた。

断水といっても、我が家を含めこの辺では水圧が落ちたぐらいで、水をもらいに来た人は数人だけだったという。

しかし、別の地区では深刻で、蛇口をひねっても水が一滴も出なくなってしまったそうだ。

なんだ、出るじゃん。

のんびりしていたが、自治会の連絡網が回ってくると途端に危機感が増し、大鍋に水を汲んだり、「水が出ているうちに」と慌てて炊事や風呂沸かしを始める。

、水は出続けた。

結局翌日の昼過ぎに「終息宣言」が出るまで、弱いながらも水が止まることはなかった。

だが、一旦断水した地区は、復旧後に出た水が濁っていて大変だっというが。

新聞によると、配水タンクにつながるバルブの交換作業中のトラブルだったらしいが、夜通し作業に追われた方達はさぞ大変だっただろう。

いつもお世話になっております。この度も有難うございました。

今回、「へぇー」と思ったのは、市の手際の良さだ。

地区に給水車が割とすぐに配備され、困っていた人は有り難かったに違いない。

うちの地区に来てくれた給水車は、いくつも市区町村をまたいだ遠くからやって来てくれたという。

本当に有難うございました。

とこの一連の騒ぎを話題にしているとき、母の防災意識の高さに驚いた。

とにかく、水の常備に心がけているのだ。

2ℓのペットボトルに水を満たしたものを何本も、床下収納や屋外の物置にストックしているらしい。

イザというとき、飲用は無理でも、洗い物などに使える。

火事のときには、そのペットボトルを火に投げ入れるという。

の熱で溶けたボトルから水があふれ出し、消火作業の助けになるというのだ。

ほほー。

見習わねばと思った。

ならばとっくに済ませているだろうと思いつつ、念のために「火災警報器はつけたの?」と聞くと、「まだ」と言われ、ずっこける。

我が家は、千葉県の決めた設置例が各戸に配布されてすぐに取り付けた。

の家は、うちとは比べものにならぬほど広いし、部屋数も多い。

そちらにこそ必要だろうと思われるのだが。

い先日、火災警報器が鳴っても気づきにくいとテレビでやっていたので、母の家には最新の知識を活かせる。

無線式で別の部屋で起きた火災を、他の部屋にも知らせるものをと考えている。

それに加え、サイレンだけでは注意喚起が不足するというので、「火事です」の音声を出すものを。

しかし、今回の断水騒ぎで、水の大切さ、有り難さを改めてかみしめた。

蛇口をひねれば出てくる水に、多くの人の努力が関わっているということも思い出させてくれた。

有り難や、有り難や。

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ご当地グルメ

から、クジラのしぐれ煮の缶詰をもらった。

、貴重品になってしまったクジラのお肉は、子供の頃近所のスーパーにパック詰めされ、普通に売っていた。

部位によって様々だが、白い脂肪の外に黒や赤の皮がついるものを、母はよく買ってきて、煮物にしたりしていた。

では嘘のようだが、家庭の食卓だけでなく、学校給食にまで登場した庶民の味方食材だったのだ。

月末、先生からもらう給食献立表に、「くじらのオーロラソース」があると、嬉しかったものだ。

同年代とこの話題になって初めて知ったのだが、くじらメニューでは「から揚げ」が多数派だった。

そっちも美味しそうだなー。

ところで、目の前にくじらのお肉(赤身)があるとして、「くじらのオーロラソース」を再現してみる。

一口大に切ったお肉に塩コショウで軽く下味をつける。

片栗粉をまぶし、カラリと揚げる。

冷凍ミックスベジタブルを茹で、水分を切っておく。

ケチャップ2、マヨネーズ1の割合で混ぜたソースに、から揚げ肉と、ベジタブルを入れ良く混ぜる。

、あの味になると思う。

東京の下町の小学校にしては、ハイカラなメニューだったと、懐かしく振りかえる。

は違うと思うが、あの頃学校全体が「お残し」厳禁だった。

給食の時間が終わり、教室の掃除が始まっても食べ終わらない子は、ホコリ舞う中食事を続けていた。

一度その雰囲気を味わいたくて、わざとゆっくり食べてみたが、あんまり嬉しくなかったので止めた。

ったことはないのだが、給食メニューを出すお店をテレビで見た。

メニューだけでなく、あの懐かしいお盆や食器、「犬食い」になると不評だった先割れスプーンも添えられ、なかなか頑張っていた。

ただ、値段が、「おや」と思うほど高い。

コッペパンに、汁物、牛乳、デザートぐらいに見えた。

いっぱしのランチのお値段にしては・・・、という内容だったので、行く気が起きなかった。

は足を運ばなくても、地元を「給食当番」さんが回ってくれる。

みんな大好き、揚げパンの移動販売車だ。

たまたま出会うと、「わーい!」と買って帰る。

スタンダードなシュガー、シナモンの他、チョコ、コーヒーや期間限定のフレーバーをまぶしたものがあって、選ぶのに困る。

注文を受けてから揚げるので、家まで待てず、アツアツのうちに食べてしまいたくなる。

給食の揚げパンよりも小ぶりだが、100円なのでかえっていろいろ食べれて嬉しい。

最近会えないので、ご無沙汰になってしまっているが。

ところで、給食当番には、「ミルメーク」も売っている。

牛乳が苦手な子のお助けとして広がったらしいが、私の頃はなかった。

イチゴ味」「コーヒー味」どちらを支持するかで、熱い論争が起きることがある。

牛乳を甘くして、おかずに合うのだろうか?と思うのだが、慣れ親しんだ世代には、たまらないものらしい。

それぞれ投入する量、混ぜ具合にもこだわりがあり、マイベストを自慢げに披露する。

子供の頃、「うちのお母さんも、給食のおばちゃんだったらよかったのに」と思っていた。

あれも、これも、家で作ってもらって、思う存分食べれる。

ところが、思いがけない所から、願いがかなうことになる。

の知人が、給食のおばちゃんだった。

なんと、私のリクエスト「魚の変わり漬け」を、たくさん作ってくれたのだ。

を付けて揚げた白身魚を、中華風のタレに浸して味を染み込ませた人気メニュー。

給食だと、一切れづつ配られるのだが、お代りしたいぐらい美味しい。

喜びで、早速箸をつける。

??

いつもと味が違う・・・?

の表情を見て、おばちゃんがいう。

「一度にたくさん作らないと、あの味にならないんだよ。」

不思議だよねぇ」という色をにじませて、呟く。

の料理も、どんなに気をつけてレシピ通りにしても何か違うのだそうだ。

これは、給食のおばちゃん達の間では、常識らしい。

がっかりしたのと同時に、「なんでだろう?」と不思議だったことで、とても印象に残った。

ここ富里では、給食は全て給食センターで一括して作り、各校に配られる。

時間目頃、給食室から漂ってくる来る、いい匂い。

その楽しみを、富里っ子は味わえないのだ。

ちとかわいそうだが、いっぱい作ることで生まれる給食ならではの「うま味」は、量が多いだけに、何倍にもなってるかも。

富里で作られたお野菜や、豚肉が使われることもあるらしい。

きっと、大きくなっても忘れない、懐かしい味になるんだろうな。

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相棒に網タイツ

シーズン初めて雪が降るのを見た。

に混じって、時には雪が優勢になったりしている。

もる気配があるようには見えないが、念のためにと、早めに用足しに出る。

少しでも積もると、あちこちで道路より一段下がった田や畑にダイブする車が出現するからだ。

センチの雪が積もっただけで大混乱なのは、都会だけではない。

東京のお隣ながら、地域によっては自然いっぱいの千葉でも、大騒ぎになる。

見渡してみると、両親を始め、雪国出身者が少なくないのだが、雪に対する備えは、関東出身者同様呑気だ。

故郷では、こんなものではなかった」とう思いが、逆に油断に繋がるのかも知れない。

2階から出入りしていた」とか、「毎日屋根の雪下ろしが日課だった」などの武勇伝を語る位だから、関東の雪など降ったうちに入らないと思うのだろう。

家族が家を出る前に、雪で公共交通機関が止まってくれるならいいのだが、帰宅時間に降られると、迎えに行く立場の者としては、恐怖だ。

危険を冒すよりも、タクシーに乗せてもらえばいいのだが、数千円かかるので、財布を握る手に力が入る。

幾度かの口惜しい思いを経て、数年前、やっとこさタイヤチェーンの装着をマスターした。

まず、ジャッキのある場所と、使用方法を「マイカー点検教室」で教わった。

仕上げは、ズーズーしさが勝負。

以前車検でお世話になった修理工場さんに突然電話し、チェーン持参で教わりに行ったのだ。

その節は、お忙しいところ、大変ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした。

チェーンの取説には、一部のフックを掛け、車を少し移動させて残りを被せる方法が書かれているが、教えてもらった通り、ジャッキで持ち上げてしまった方が、私には断然楽だ。

ただし、駐車場が少し傾斜しているので、転がり出さないよう細心の注意を払うのが必須だ。

以来、少々雪が降っても、落ち着いていられるようになった。

しかし、車を買い替えてしまったので、チェーンが合わなくなってしまった。

4駆だから少し安心かな?と思っていたら、とんでもないのだと知る。

テレビで、ボルボに乗った人が、同じようなことを考えて、雪道で立ち往生していたのだ。

一緒に見ていた知人が、その人の無知をかなり辛辣に非難している。

自分のことを言われているようで、内心「ズキズキッ」だった。

自分がダイブするぐらいならまだいいが、人様に迷惑やお怪我をさせてはいけない。

出来るだけ早く、相棒に網タイツをプレゼントするつもりだ。

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庄 内 ○ 人

生粋の山形人ながら、関東育ちだ。

よって、「ケンミンショー」山形特集をみて、驚くことが続出だった。

レギュラー番組ながら、たまにチャンネルが合ったときに見る程度だったが、

自分のなかで山形は、47都道府県の中でも、控え目な位置付けだったので、番組中取り上げられた件数が、トップだということにまず驚いた。

日本中がそうしてると思っていることが覆されるのが、あの番組の楽しさだ。

両親とも鶴岡出身で、ウドちゃんと同じ庄内人。

従妹から聞いたのだが、ウドちゃんの家は母の実家から割と近いらしい。

優しく、一見抜けているように見えて実は賢いウドちゃんは、全山形県民から愛される存在だ。

番組中のウドちゃんの発言に、私も頷けることが多かった。

まず、ハートを赤桃、スペードを黒桃と呼ぶのは、初耳だと思ったが、

ウドちゃんが、お婆ちゃんが言っていたというのを聞き、私もそういえばと、おぼろながら思い出した。

やきもち焼きを、まんきたかりと言うのに通ずる、おかしさがある。

生垣の新芽と、ひょうという雑草を食べるのは知らなかった。母に確認するが、食べたことないという。

しかし、アケビは、確かに母の大好物だ。

テレビと違っていたのは、母は中の実も、大事に食べるところだ。

ての実を幸せそうにすすり、皮はまとめて調理する。

最初のうちは、番組の中にあったような皮の肉詰めも作っていたが、母以外あまり箸をつけないので、今では皮をグリルなどで焼く、シンプルな食べ方で、一人堪能しているようだ。

試食のとき、ゲストさん達は皆気を使って、「おいしい」とおっしゃっていたが、かなり苦味があるので、万人が好むものではない。

「大人の味」という便利な言葉で表現ていたのが、いい証拠だ。

親戚の小包からアケビが顔を出すと、母は歓声をあげ、父を含め他の家族は冷めていた。

そういえば、子供のころ、母の留守中に受け取った小包を開けたことがあった。

必要なら、冷蔵庫に入れなければと思ったからだ。

新聞紙をかき分け、中から出てきたものは、この世のものとは思えぬ異形の物質だった。

紫色で、割れ目から、カエルの卵状のものがはみ出したそれを見て、悲鳴をあげた。

が帰るまで、小包を置いた部屋に行けない程、怖かったのを覚えている。

親戚からの小包が待ちきれないのか、母は、一昨年庭にアケビの木を植えたが、残念ながら未だ豊作には至っていない。

山形が、三世代同居率日本一とは、驚いた。

おしん」でおなじみ、山形の女性は働き者との評判なので、お嫁にと望まれることが多いと聞く。

かに親戚の女性達を見ていると、三世代同居の要を担うお嫁さんとしての素質は十分と思う。

独身男性の皆様、いかがでしょうか。

に倣って、何のためらいも持たず枝豆のさやごと味噌汁を、友人たちに振る舞ったことがある。

あれ程気まずい思いをしたことはない。

が、椀を持ったままフリーズしている光景が、今も忘れられないのだ。

カニの味と意識したことはないが、確かに豆から出るダシで、すんごく美味しくなる。

ご多分にもれず、テレビで映し出されるご家庭の様子は、番組を盛り上げるための演出がされている。

を飲み干した後、枝豆に手を伸ばす様子が放送されたが、皆普通に、食事の途中に箸で熱い枝豆をつまんで食べる。

さやごと枝豆汁、手軽にできるので、ぜひ夏になったらやってみて欲しい。

の花の多食も、誰もがやっているものと思っていたが、そうではないのだと知る。

山形で食用菊の品種改良が盛んなことも分かった。

コタツの煙突については、冬遊びに行くことがないので、母に確認する。

やはり、当たり前になっているという。

通販のカタログで知ったそれが、山形を中心として広がったとは驚きだ。

他県の人たちが見向きもしないものを、工夫して食べる程のエコ県民、山形人ならではの発想だと思った。

今回の山形特集、大河ドラマ「天地人」に向けて盛り上がっている山形には、タイムリーな追い風だったと、感謝である。

魅力いっぱい、不思議山形に、ぜひお立ち寄りください。

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つかえなくても

つかえるものが好きだ。

お土産などに、お人形や置物を頂いたりすることがある。

有り難く頂戴し、飾る。

結構な数になり、持て余してくると、申し訳ないが処分させていただく。

人形寺などに、持ち込めばいいのだろうが、今までありがとうの気持ちを込め、丁寧に袋に入れる。

パラパラとお塩をかけて、お別れする。

これを繰り返すうち、自分がお土産を選ぶ立場になった時は、形に残る物は一切やめた。

名物や、相手の好物の美味を差し上げる。

よく手紙をくださる方には、絵葉書を選ぶ時もある。

べてはなくならないが、送ってなくなるものだ。

自分にお土産を選ぶときは、必ずマグネットを入れる。

有田で見つけたのは、薄く円盤状の有田焼きに、マグネットがついているものだ。

とても気に入って、いつも眺めつつ使っている。

マグネットなら邪魔にならないし、キッチンでもレシピ留めに活躍する。

沢山あっても負担にならない、お勧めのお土産だ。

旅行嫌いを自覚、宣言してから、お土産を買う機会はないが、美術展に行くと、必ずマグネットが売っているので、選ぶのが楽しみだ。

友人へのちょっとしたプレゼントとして、手紙に同封したりする。

ピカソ展に行ったとき、ピカソの印象からは程遠いマグネットを見つけた。

全体が優しいベージュで、細い線で描かれたふくよかなお母さんが、赤ちゃんを抱いている。

わが子に向けられる表情は、どこまでも優しく慈愛に満ちている。

一目で気に入り、自分と友人への分と購入した。

名画マグネットでは、一番のお気に入りだ。

毎年なのはな生協で行う「ピースアクション」に参加している。

千羽鶴を折って、代表者が広島に届けるのだ。

は折る方専門で、毎年数百羽協力させてもらっている。

数年前になるが、友人がそちらに旅行したときのお土産に、感激した。

千羽鶴を再生利用した、しおりや、ノートをくれたのだ。

沢山の人の思いが詰まった千羽鶴を、このように再利用して下さる現地の方々にも感激する。

少し黄を帯びた中に、いろいろな色のモザイクが微かに入ったそれらを、もったいなくて使えないでいる。

こんなに嬉しいお土産は初めてだ。

友人に、今でも感謝している。

マグネットとともに、いつも買うのは、クリアファイルだ。

綺麗で、使えて、安いと、私のツボを刺激する品だ。

大徳川展」でゲットしたファイルは、ダブルポケットでとても使いやすい。

さすが天下の徳川と、家族も大満足だ。

ミュシャ展でも購入してきた。

持ち歩くと、あちこちで声をかけられる。

に資料を入れたミュシャファイルをしまっているとき、知人を通して声をかけられる。

も好きなのですよ」と、ある紳士が名刺を下さる。

も行ったんです」と、遠い席からわざわざ来て、声をかけられる。

などと続き、ミュシャは、特におじさま達の支持があついと知る。

そのミュシャは、今、私の手にない。

資料を預けたつもりが、差し上げたと思われたらしい。

会議などでお会いすると、今だ愛用して下さっているので、「私のミュシャだー」と、思ってみている。

に入って下さったのならと、半分嬉しい。

もう一つ買っておいてよかった。

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素   直 

夜空の星が、きれいに見える季節になった。

ここ富里でも、条件が良ければ天の川が見える。

ガラス越しだと光が拡散して、月と間違うほど大きくきらめいている星も珍しくない。

に願いを」と思い立ったら、流れ星にも頻繁に会える。

日の暮れが早くなったある日、大きな大きな星を見つけ、目を奪われる。

新星かな?と思うほどだ。

で走りながらも、目の端で存在感をアピールしている。

そうこうするうち、成田駅周辺に着いた。

に乗り込んできた家族にも教えようと思って見ると、「?!」と思うほど小さくなっている。

間違いだったのかと思い、家に向かう車中で追い続ける。

自宅が近づくと、やはり大きな輝きが目を引く程だ。

むむ。なぜだろう。

そういえば、成田と富里の間には、「空の境目」がある。

成田で土砂降りでも、富里の地面が濡れていないことも少なくない。

富里の中でも、降りやすい場所に差があるほど、この辺りの天候は気まぐれだ。

のうっすら積もった日に、車で1分程の住宅地に入ると、大量の雪が道路端によけられていて驚く。

そうか、お隣とはいえ、成田と富里では空気の澄み具合が違うのか、と気づく。

いや、それもあるが、街の明かりの影響の方が大きいのか。

成田も広く、農業地域も多い。そこではきっと、星がよく見えるに違いない。

富里に移り住んで十数年。

しぶりに以前住んでいた都内の地を訪れる。

?!!

ここに人が住んでいるのか?」いう位、違和感を感じた。

映画の、「ターミネーター」に出てくるような、近未来の荒涼とした世界のようだと感じだ。

そこらじゅうが、グレーで、生きているものの気配を感じさせないような。

自分がここで生活していたのが、信じられなくて、しばらく呆然としていた。

失礼しました。

これには訳がある。

の感覚が、都会モードでなくなったからだ。

富里育ちの知人が、上野公園の桜を見に行ったとき、「全てがグレーがかっていて、きれいに思えなかった。」と言っていた。

山形育ちの従妹が、「東京は臭い」と言った。

しぶりにそこに立った私は、その両方を身をもって実感したのだ。

すっかり自然モードに移行していた自分に驚いた。

空気の汚れを、目で見、鼻で感知したのだ。

そういえば、ここに越してきてから、鼻毛が伸びるのが遅くなった。

以前は結構小まめにカットしていたのに。

鈍感な私でも、ちゃんと適応していることが、嬉しい。

自然も、人間の体も、正直なんだなぁと、感心した出来事だった。

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もういくつねると

なのはな生協の商品案内に、おせちの申し込みが入ってくる季節になった。

今年初めて、「関西風」の伊達巻きが載っていた。

いつもの伊達巻きには、「関東風」とわざわざ書いてある。

毎年数本頼む、大好物の伊達巻きだ。

数種あるのを、一本づつ楽しむ。

通年扱いがあるが、お正月限定と決め、ここぞと1年分を食べつくす。

今年は関西風もあるのかぁ。

説明文から察するに、関西風は甘くないようだ。

だし巻き卵の感じだろうか。

ちと恥ずかしいのだが、ひんしゅくを買うことを覚悟に、「伊達かまスパイラル」を書かせて頂く。

まず、伊達巻きに、醤油をつけて一かじり。

に、醤油とマヨネーズをつけた、かまぼこを食べる。

そしてまた、伊達巻きにいく、を繰り返す。甘、辛、甘、辛で、きりがない。

これをやりだすと、ご飯が進んでしまい、困る。

お雑煮とも、スパイラルの相性は抜群だ。

関西風伊達巻きだと、辛、辛になるので、スパイラルにはならぬ。でも、注文する。

ちなみに、我が家のお雑煮は、切りもちに醤油ベースの関東風だ。

お正月を迎える準備でおもちをついていた時、「うちの方では、本当は丸もちなんだ」と父が言い出した。

それではと、その年だけは皆で手分けして、つきたての餅を丸めたっけ。

それぞれの癖や手加減で、大きさも厚みも違っていたが、角のないおもちが汁の中にちょこんとあるのが、かわいくて新鮮だった。

ヶ月後、突然の病に倒れた父との最後のお正月を、父の故郷の正式なお雑煮で祝えたのは、せめてもであった。

ところで、なのはな生協や自然食品店ではおなじみの、玄米のおもちは、大変美味しい。

玄米ダメな人でも、特有の香ばしさに、箸が進む。

かけたら、ぜひお試しを。しつこいが、無農薬であること。

そんなのどこにあるの?というお方に、お勧めのサイトをご紹介させて頂く。

なちゅらるふーず リトルガーデン」さんだ。

URL:http://www.littlegarden.co.jp/

なのはな生協にない商品も多数扱っているので、毎月恒例のセールの時に、まとめ買いしている。

丁度本日から、セール開始とのお知らせが来た。

割引コードを入力すると、一部商品を除いて、一割引きになる。

メール会員限定なので、登録することをぜひお勧めする。

来月になったら買おうと、カレンダーを見て回っている。

本屋さんで、ちょっと高いが、おもしろい日めくりを見つけた。

ガンダムの名ゼリフが、めくってもめくっても出てくる、強烈なカレンダーだ。

アムロがブライトに初ビンタをくらったあのシーンも、当然出てくると思わるのだが、表紙にあった他のシーンでも、かなり笑えた。

かけたら、手にとって見て欲しい一品だ。

面白系の日めくりは、待ちきれないのが玉に傷だ。

ピューと吹くジャガー」の日めくりがそうだった。

めくらないで本のように先に読んでしまい、使い終わったらメモ帳として利用していた。

さすがの貫録で、日めくりガンダムは、2千円近くする。

むむ、どうしようかな。

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愛を掲げて

今年中に終わってしまう、「篤姫」。

来年度からは、お休みに入ってしまう「渡る世間」。

しみが、がくりと減ってしまうとションポリしていたら、朗報が飛び込んできた。

来年の大河「天地人」の主人公、直江兼続(なおえかねつぐ)が、山形の米沢で活躍した御仁とのこと。

両親とも山形出身ながら、歴史、文化についてはとんと疎く、読売新聞の旅行誌「ロマンの旅」で取り上げられて、初めて知った。

それによると、上杉謙信から家督を継いだ、上杉景勝をサポートした家老が、兼続氏。

幼少のころに、謙信のお姉さんに見出され、景勝の側近となった。

終生上杉家に仕えた、義の人、仁愛の人であったという。

智将と称えられ、秀吉からのヘッドハンティングを断ったことからも、それが伺えよう。

関ヶ原で西軍につき、本来ならば滅亡するところを、兼続の働きが家康の心を動かし、存続を許されたとの逸話もある。

ーー。すごいお人が山形におられたのねー。と、感心しきりである。

なせば成る なさねば成らぬ 何事も 成らぬは人の なさぬなりけり」を詠んだのは、米沢藩9代目藩主上杉鷹山だということも、ここで初めて知る。

ここまで来ると、山形人の資格なしといわれても仕方あるまい。

自分の無知さを恥じつつ読み進める。

の存続が危ぶまれる程の財政難に陥っても、家臣を首にせず、自ら質素な生活をし、倹約の見本となった。

農地開発や、産業振興に力を注ぎ、いざというときのために米の備蓄や食用に転用できるものの栽培を励行していたおかげで、天明の大飢饉では、藩から一人も餓死者を出さなかったという。

17歳で藩主となった鷹山は、謙信から受け継ぐ上杉家の家訓を守り、慈愛の精神を貫いたお人であった。

200年以上たった今でも、地元では「鷹山公」と敬われているという。

ーー!素晴らしいっ!!

の底から、感動し、記事を読んでいて涙が出て来た。

すぐ、山形に行きたくなってしまった。

尊敬する人が、また2人増えた。

記事の中に、直江兼続の兜の写真があり、驚く。

」の一文字が大きく輝く通称「愛の兜」。

これは、信長の野望オンラインでもある。まさか実在のものであったとは、知らなかった。

そこでは、すっかりネタとして扱われてしまっているが、「天地人」の放送が開始されたら、グンと価値が跳ね上がるに違いない。

あちらでは、篤姫人気からか、徳川、島津の勢力が強くなっていると聞く。

来年からは、上杉が盛り返すこと、確実だ。

祖母の米寿のお祝いに、親族全世帯に配られた、特大「お鷹ぽっぽ」が我が家にも飾られている。

一本の木から彫り出された、鷹やフクロウ、ニワトリなどのとても見事な飾り物で、山形の名物だ。

なんと、それは、鷹山公が武士の副業として奨励した民芸品であるという。

これも、初耳だ。

材料の木、「コシアブラ」は、春にその新芽を摘んで、てんぷらにすると、最高に美味しい。

きっと、飢饉に備えて植えられた植物のひとつであったのだろう。

べて良し、彫ってよしの、有り難い木だったとは。

の「お鷹ぽっぽ」を改めて、見直した。

なせば成る・・・」

からでも遅くない。

山形の地に眠る偉人達に恥じぬよう、がんばろう。

精悍な顔つきで遠くを見据えるお鷹ぽっぽに、そう誓った。

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かほり

山形生まれ、山形育ちの従妹が、初めて関東方面にやって来た。

千葉、神奈川、茨城の親戚宅に、遊びに来たのだ。

千葉の親戚は、我が家だ。

神奈川からうちにきた従妹は、思いがけないことを口にした。

神奈川、東京は、臭い!」

さすが我が従妹だ。面白いことを言う。

?!どんな臭い?!」

なんでも、タイヤかプラスチックの焼けるようなと、形容する。ほほー。なんとなくわかる気がした。

そして、思わず尋ねる。

千葉は?!臭い?」

千葉は臭くない」

ホッ

言っても、これは、地域限定だと思う。

富里から、東京方面へ高速を走っていると、浦安辺りから空の色が変わる。

れていても、空の低い位置に、どんよりとしたグレーの層が1年中あるのが見える。

ビバ富里。田舎でよかった。

そんな従妹であるが、どんよりの東京ディズニーランドで、思いきり遊んで帰った。

韓国の研修旅行から帰った友人と、海に行った。

なんと、彼女は、脱いだらすごい状態になっていた。

スリムになって、さらに美しくなっていたのだ。

で「どうして?!」と詰め寄る。

すると、痩せたのではなく、やつれたのだと言う。

韓国の空港に降り立つと、もう辺り一面にキムチのにおいが充満していたらしい。

空気がキムチとは、すごい。さすが韓国である。

それが、友人には、大変きつかったらしい。

とどめは、料理である。

友人は、鶏肉が苦手だ。一切食べられない。

韓国というと、焼き肉のイメージが強いが、何故かほとんど鶏肉料理が出たらしい。

よって、キムチ臭と鶏肉攻めで、断食状態だったとのこと。

友人の鶏肉嫌いのきっかけは、小学校の給食に遡る。

を並べて食べていた友人のゆで卵の中身が、ヒナだったという、衝撃の体験をしていたのだ。

えばそれは、有精卵だったということだ。大変贅沢な給食である。

がそれたが、それ以降友人は、ケンタッキーフライドチキンの前を通るだけで気分が悪くなる体質になってしまったのだ。

壮絶な日々をくぐりぬけて、無事日本に帰って来た友人は、成田空港に降り立ったとき、生きてこの地に戻れたこの上ない喜びと、木の香りを満喫したという。

ほほー。日本は、木の香りですか。いいですなー。

羽田に到着していたら、また違ったかもしれぬが、国ごとの香りがあるとは面白い。

自分の数少ない渡航経験を思い返してみる。

ハワイにいったときは、暖かな空気に、花のような香りが僅かに混じっていた気がする。

香港の時は、埃っぽかったことしか思い出せない。

時間の外出から帰ると、玄関で感じる我が家の匂い。

たまらん精神安定剤だ。

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悲願

が降らぬ。ストーカーもどきの、太平洋高気圧が、恨めしい。

これは、本格的な雨乞いをしなくてはならぬと考える。

が、降る、降ると予報でいうものだから、洗車を控えていた。

かなり埃っぽくなった車を、不憫な思いで見ていたが、一向に降らないではないか。

もう、我慢が出来ないので、雨乞いも兼ねて、洗車することにする。

雨女ゆえか、私が洗車をすると、だいたい雨が降ってくる。

カラカラに乾いた畑を潤すためにも、ここは、頑張らねばと思う。奮発して、ワックスコート洗車コースに、しようかと思っている。

一年に一度、窓を閉め切り、洗濯物も外に出してはいけない日が来る。

近隣の水田に、ラジコンヘリコプターで、農薬を散布するのだ。

一月程前に、日程のお知らせが、回覧板で、まわってくる。

カレンダーに、しっかり印を付け、前日から少し緊張する。雨が降ったり、強風の時は順延だ。

天候が微妙で、実施したかどうか分からないときは、田んぼが近いお家に、電話で確認する程の、念の入れようだ。

散布が確認されたら、次の日まで、絶対に窓を開けず、お籠りする。

ここに居を構えたとき、ご近所さんから、「ホタルがいるよ」と教えてもらった。

確かに、数年前まで、たまにベランダまで飛んで来てくれた。

ところが、農薬散布の影響で、とんと会えなくなってしまった。

そんな状況に、危機感を持った人たちが、立ち上がった。

富里のほたるを守る会」の誕生である。

ご近所の会員の方から、ほたるの見頃と、場所を聞いた。

夕暮れ時、家族連れが、その方向に歩いて行くのを時折見かける。なるほどと、納得した。

ほたるの乱舞は、子供の頃山形で見たことがある。とても幻想的な光景だった。

従妹がそっとほたるを、手に止まらせる。ほんのりした明りが、周囲を優しく浮かび上がらせる。

点滅を繰り返すお尻を、不思議な気持ちで見つめたものだ。

これからの子供たちにも、ぜひ見て欲しい光景だ。

農薬は、自然だけでなく、人にも有害だ。必要としている人がいるのは、分かるが、なんとか、今ある自然を守り、残していってほしいと、強く思う。

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お馬も よろしく

念願であった、スイカ生産首位の座を、千葉県が熊本県から奪った。

嬉しい。童謡の、「スイカの名産地~♪」が、熊本のことだと聞いてから、ずっと気にかかっていたのだ。

ここ富里のスイカ農家の皆さんの、努力に深く感謝する。

スイカの生産は、すごく大変だそうだ。始まると、目が離せないとのこと。よって、スイカの生産をやめる農家さんも、少なくないと聞いた。

そんな中、家族全員で頑張っている農家さんのお話を聞くと、頭が下がる思いだ。本当にありがたい。

今年のスイカも、すんごく甘い!市場に出せない、B品を頂くことがあるが、驚く程美味しい!幸せである。

ここ富里は、スイカだけではない。競走馬のふるさと、でもあるのだ。

御料牧場があった名残で、そこ、ここに、牧場があり、馬場がある。

の家の近くにもある。

よって、「乗馬」なる、ハイソな趣味を持つことも、容易である。

一度だけ乗ったことがあるが、最初は本当に怖かった。

よく言われるが、「高い」のである。

自分が乗ると、その高さが、半端なく怖い。馬の背中の高さプラス、自分の座高が加わると、今すぐ飛び降りたくなる衝動を抑えるのに大変な、高さになるのだ。

動き出すと、別の怖さが襲ってくる。

手綱が、思ったより、下についているのである。

私的には、電車の吊皮ぐらいの高さにあると、安心なのだが、鞍の傍についているから、つかまっていても、不安で、しょうがない。

てっく、てっくと歩き出すと、馬の背が当たり前だが、揺れる。

腹をくくり、下を見ないで、景色に目を移す。

すると、なんだか落ち着き、馬の揺れと、自然にリズムが合ってくる。

気持ちいい。これかー。と、実感する。

友人が、月に何度かこちらに、乗馬のために通ってくる。「馬っていいよねー。」と、よく口にするが、なんだか分かった気がした。

知人が自分の牧場で、乗馬セラピーをやっている。

障害のある人が、馬に乗ることを通し、自信をつけたり、精神の安定を得たりするとのこと。

身体に障害をお持ちの方も、馬の体温と、揺れのリズムで体がリラックスして、関節の動きがよくなったり、症状の軽減が現れると、話してくれた。なるほど、それは素晴らしい。

サラブレッドは、本当に、美しい。

ごく稀ではあるが、車で走っている道路近くに、馬が立っていることがある。そんな、シュールな光景に出合うと、特に実感する。

はみだしっ子」のエルバージュが、スイカ大好きだった。ぜひ、サーニンと一緒に、富里に遊びに来て欲しい。

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ピーナッツ ピンチ

「困っています」「悩んでいます」と、オランダ家 池田孝雄社長がないている。

オランダ家さんは、昭和24年の創業以来、千葉にこだわった生産、販売をしている、千葉県民自慢のお菓子屋さんである。すぐに全国展開してしまい、地元に目がいかなくなる企業が目につく中、オランダ家のお菓子やケーキは、千葉でないと買えないところが、憎く、誇らしい。

誇るだけあって、味も値段も合格だ。店舗ごとに、地域性を出して、その場で無料の飲み物と、ショーケースの中のケーキなどを食するコーナーがあったり、そこでしか買えない、ご当地商品もある。ピーナツのブランド産地、八街店では、「八街キャベツ」なるシュークリームがある。シューも、クリームもバランスよく、美味である。しかも、130円という良心価格で、地元から深く愛されている。数に限りがあるので、早めに行かないと、売り切れるほどだ。

うちも、他県の親戚に送るお菓子は、ここでと決めている。珍しいものを送ったつもりが、親戚の近くでも売っていたという、ギャフンなことは、オランダ屋のお菓子なら、起こりようがない。

ベイFMとのコラボで出している、「千葉ミルフィーユ」もお勧めだ。

多分にお世話になっている、オランダ家の社長さんがお困りなら、ぜひお助けしたいが、原料のピーナッツの不足は、一消費者では、いかんともしがたい。             材料の不足からくる高騰に、断腸の思いで、「落花生パイ」と、「落花生最中」の値上げをするとのこと。早速買いに行って、応援せねばと思う。

不足の原因は、中国側が去年の夏以降、残留農薬問題で、輸出を自主規制しているためだという。

いったい、日本は、どれだけ中国に依存しているのか。こんなに、他国に寄りかかっていていいのかと、心底心配だ。

地産地消を、取り戻す時期は、とっくに過ぎているのではないか。食は、生きることの基本中の基本だ。そんな大事なことを、外国に頼っていて、いいわけがない。この近所でも、休耕田や、農地の転用が目立つ。もっと、農業を大切にして欲しい。

ピーナッツの話に戻るが、「千葉半立」という品種をご存じか。小粒ながら甘く、ポリポリと歯ごたえがある。近年生産量が減り、希少なピーナッツである。「半立あります」の張り紙をお店で見つけると、嬉しくなる。値段はほかのものよりも高いが、食する価値はある。機会があったら、ぜひ召し上がってみてください。

地元では、炒るおなじみの食べ方もするが、収穫直後のピーナッツを、殻ごと茹でる、塩茹でピーナッツも人気だ。ふにゃふにゃと柔らかいが、甘みと、塩気が絶妙で、やめられない美味しさである。が、なぜか、地元の人以外には、不評だ。思うに、新鮮さの問題だと思う。次の日には、もう、味が落ちているのではないか。賛否両極端の生茹でピーナツ。チャンスがあったら、ぜひお試しを。

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千客万来

といっても、人ではないお客様だ。

毎年、この時期に会うのは、青大将だ。去年は、外出からの帰り、鍵を開けていると、後ろでフェンスを手でなぞるような音が。振り向くと、絡みつつ、ゆっくり移動しているところだった。「そこ、暑くない?」日向だったので、思わず声が出た。「今の、あっしに言ってるんでやすか?」と向こうも振り向いた。青大将を実際にご覧になったことは、あるだろうか。青といっても、信号の青、うっすらと、翡翠のような、透明感のあるグリーンで、きれいである。毒はない。

この辺は、マムシも目撃される。発見者が出ると、連絡網で、「マムシ注意」とまわってくる。ありがたや。

先日は、初めて鶯の夫婦が、うちの庭に来てくれた。毎年3月に美声が聞こえると、春の訪れを実感する。声はすれども、姿はみえぬ鶯である。感激した。

「鶯色」をしているので、混同されやすいが、目の周りが白いのは、メジロである。本物の鶯は、もっとシックな色合いをして、目立ちにくい。こちらも夫婦でよく来てくれる。     食べ損ねてしおれてしまったミカンを、庭の木にさしおくと、何組もの夫婦が来て、メジロの成る木と化す。

束の間のパラダイスを蹴散らすのは、ヒヨドリである。体も態度も大きいが、小心ものである。窓の中に、人が動く気配を感じると、飛び去って、しばらく来ない。その臆病ものが、庭の木に巣を掛けたのである。「ここは安全地帯」と認識されてしまうほど、庭をほったらかしていたのだ。お恥ずかしい。

せっかく掛けてくれたのだから、暖かく見守りたいと思っていたが、どうしても庭に出なくてはならない日が来たのである。案の定、親鳥はしばらく来ない。しかしそれでも、決死の覚悟で、巣材を運び続けていた。3日ほど続いただろうか。が、とうとう、ほぼ完成状態の巣を、放棄した。ごめんね。

暫くして、先の青大将が、その巣を目指して、ゆっくり這っていった。残念で賞。

キジがうるさいのは、ご存じだろうか。オスは、孔雀のように美しい。が、その声は、断末魔の叫びである。「ギェ~!!」「グギヤー!!」など、背筋も凍らんばかりである。その辺に、普通にいる。向かいの空き地を、よく歩いている。道路を横切る。

ウサギも、イタチのようなものもいる。

雨上がり、道のど真ん中に、誰が置いたか、漬物石が。近づいたら、亀だった。甲羅だけで、長さ20㎝程だったと思う。ちょうど出てきたお向かいさんが、家にある水槽に避難させてくれることになった。念のため、ほうきとチリトリでそっと体を寄せようとしたら、目にもとまらぬ速さで、ほうきに噛みついたのである。日向で、のんびり甲羅干しをしているイメージが吹き飛んだ。こ、こわっ!!やっと水槽に納め、持ち主を探す張り紙を出してしばらくすると、亀は忽然と姿を消していた。飼い主さんが、引き取りに来たのか。逃げたのだとしたら、怖い。のちに、テレビでよく取り上げられた、「カミツキガメ」に似ていた気がする。

こんな、自然いっぱいの地で育った、スイカのお祭りが開かれる。6月15日日曜日。午前9時から午後3時ごろまで。「スイカ早食い競争」や、地元で採れた野菜の即売、もちろんスイカは、地方発送可能だ。父の日のサプライズとして、送ってみてはどうか。スイカロードレースの前に、今年のスイカのお披露目である。下見も兼ねて、ぜひお越しください。詳しくは、富里市のHPへ。やけに前振りが長い宣伝になってしまった。お許しを。

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なつにむけて

梅雨である。明けると、夏になる。

我ら地元の名産品は、何と言っても、スイカである。今月22日には、毎年恒例の、「スイカロードレース」が開催される。専門誌の「全国ロードレース100選」にも選ばれた、自慢の一大イベントである。

「スイカ」とつくだけあって、給水所には、カットスイカが並んでいる。それをかじりながら、走るわけである。

過去、プロのマラソン選手の方々が、何人も参加された。今年は、山寺宏一さんらが、ベイFMのパーソナリティーを代表して、参加されると聞いた。山ちゃんファンの皆様、応援に来られたらどうだろうか。                                     レースに参加せずとも、食べ放題のコーナーがある。こころゆくまで、わが町のスイカを堪能してほしい。詳しくは、富里市のHPをご覧頂きたい。

スイカが大好きな私にとって、富里市民であることは、大きな喜びだ。しかし、ひとつ残念なことは、一番暑い盛りに、富里スイカがないことである。真夏には、北の産地のスイカをいただくことになる。

富里スイカは、まだ寒いうちから、3重のビニールハウスで栽培が始まる。暖かくなるにつれ、ビニールが一枚、また一枚と外され、収穫のときを迎える。

数年前に、収穫直前にヒョウが降った。大きなものは、小ぶりのみかん位あったという。私はその時、家で「遥かなる時空の中で」をやっていた。本当に、夜のように真っ暗になり、すごい雷が鳴り出した。誰かが、黒龍を召喚したのかと思った。                やがて、外で「カン…カン、カンッ!」と音がしたので見ると、白い氷粒が降って、屋根や窓に、跳ね返っていた。

私は、コントローラーを放り出して、祈った。「神様!このあたりには、収穫を控えたスイカがたくさんあります。農家の方が、丹精こめて作って下さったものです。どうか、お守りください!」

まず頭に浮かんだのは、スイカのことだった。

時間が経つにつれ、このヒョウが、甚大な被害を及ぼしていたことが、判明する。広い範囲で、温室のガラスや、車庫の屋根を破壊し、車の表面をたこ焼き器にしたのである。幸い我が家は、無事であった。そして、スイカを始めとする、農作物の被害は、それほどではなかったのだ。神様ありがとうございます!

天災は、忘れた頃にやってくると、昔から言う。その被害から、ずいぶん経って、我が家に雨漏りが、起きたのである。屋根を診断してくれた職人さんが、あのヒョウが原因であると教えてくれた。ぎりぎりセーフで、保険対象期間内での申請ができた。よかったよかった。

今月、いよいよ「遥か4」が発売される。楽しみでしょうがない。こちらは、忘れた頃にではなく、いつでも来てほしいものだ。

富里スイカロードレースの父、松元正行(まさつら)さんが、この4月に亡くなられていたことを新聞で知った。スイカロードレース誕生のきっかけや、実現に向けたご努力を初めて知り、感謝の気持ちでいっぱいになった。松元さん、本当にありがとうございます。今年も松元さんがつくって下さったスイカロードレースが開催されます。天国から見守っていてくださることと思います。松元さんのご冥福を、心からお祈りいたします。

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超インドア派宣言

とにかく、家がすきである。外出や、車の運転もすきだが、一人きりで家にいる時が、一番幸せである。一人きりになれないと、心が尖ってくるのが分かる。けど、一人っきりがずっとは、きついと思う。誰かが、帰ってくるのを待つのが好きなのかもしれない。

旅行好きな方は多いだろうと思う。私もそうだった。しかし、いつからか、毎年の旅行に対するテンションが下がってきた。

旅行の一番の醍醐味は、上げ膳据え膳で、景色や温泉を満喫できる、非日常の楽しさがひしめいていることだ。

だが、回を重ねるごとに、宿泊先で夜を迎えると、家が恋しくなり、次は目的地に向かう車中で家が気になり、最後はもう、出かけるために、鍵をかけた瞬間に憂鬱になった。

はでは、はっきり「旅行が嫌い」と宣言している。

い奴と思われてもいい。身内からは、ひきこもりになるのではと、真面目に心配された。(日帰りのレジャーなら、大歓迎なのだが。)

「人が集まる家は栄える」と昔から言われている。

うちは正反対だ。お客様など、まず来ない。

は、わたしが、家族が、心の底から安心できる所であって欲しいと思う。

他人がちょくちょく入って来るかもしれない場所で、どうやってくつろげるのか?私には耐えられない。

は、心の砦だ。栄えなくてもい。

平穏であることの方がよっぽど大切だ。           

けれど、けっして人嫌いではない。気の合う友人との食事は、本当に楽しい。

つらつらと暗い言葉を並べてしまったが、日常に満足しているから、遠くに足を延ばす必要がないだけだと思う。

ひとりで家にいるだけで、十分幸せだ。

特別なシチュエーションも必要ないし、ネットでお取り寄せしなくても、美味は地元に揃っている。

これらを、ひきこもっていると表現するなら、「地元に引きこもり」になるか。 

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