学問・資格

流れ星にのせて

ふたご座流星群今回は、見れないかも・・・。

「見ごろ」とされた13日が生憎の天気で、夜空を見上げても雲ばかり。

翌14日まで引きずり、とうとう夕方に。

がっかりしてカーテンを閉め、就寝前諦めつつ覗くとなんと、星がまたたいているではないか。

おぉ!

慌てて引き返し、その辺にあるものを、手当たり次第に着こむ。

体の動きがぎこちなくなる程パンパンになり、曲がらなくなった手足で、必死に階段を上る。

油断すると、コロコロと転がり落ちそうだ。

ベランダに出ると、雲はすっかり晴れ、オリオン座は真上まで昇っていた。

とすると、こちらがふたご座か。

新聞にあった放射点辺りを視界の真ん中にして、じっと待つ。

が、なかなか見つからない。

時間が早かったので、まだ成田空港方面からの明かりで、観測にはベストの状態でないというのもあった。

携帯をポケットから取り出し、改めて時間を確認する。

今回の結果を、国立天文台のキャンペーンに報告するつもりだからだ。

よし、今から10分位待ってみよう。

そう思って再び見上げると、程なくスッと流れ星。

方向からして、ふたご座流星群の一つに間違いなさそうだ。

一つ見つかると、元気が出てくる。

着こんだおかげで寒さも感じず、観測に集中できた。

目が慣れてきたせいか、一つまた一つとキャッチできた。

条件の良い場所では、一時間に50個以上の流星を見ることが出来ると、新聞に書いてあった。

後一つ見付けたら、寝よう。

目標達成して、部屋に入る。

携帯の時間を確認すると、開始から17分が経っていた。

4つだから、約4分に1個かー。

1分に1つとはいかなかったが、まずまずの成果だろうか。

満足して、布団に入る。

翌日、国立天文台に報告する。

集計状況を見れるので、「千葉」を覗いてみる。

すると、観測時間や観測数、年齢まで、きっちり多数派に入っている。

千葉には、私のように気楽に星空を見上げる同年代が、たくさんいるのが分かって、面白かった。

その時メールアドレスを登録したので、今後天文台からどんな情報が届くのか、とても楽しみだ。

| | トラックバック (0)
|

ゼウスの息子達

オリオン座流星群に続き、三大流星群の一つ、ふたご座流星群も、ぜひ見たい。

今回の最大の見頃は、13日深夜~14日明け方と、14日午後10時~15日午前3時頃だとのこと。

前回、オリオン座流星群を観測した時は、それ程冷え込みがきつくなかったが、今度は心して着こまなければと、覚悟している。

ところで、ふたご座ってどのへん?

と、私も最初思ったが、ご安心を。

一番ポピュラーで見付けやすいオリオン座の、向かって左隣りだ。

12月7日の読売新聞には、図入りで説明されていて、分かりやすい。

それには、ふたご座流星群からの流れ星かどうかを見分けるための、「放射点」も、ちゃんと書かれている。

国立天文台のHPでは今、「ふたご座流星群を眺めよう」キャンペーンをやっている。

それによると、ふたご座流星群は流星の数の多さから、観測初心者にもお勧めの流星群とのこと。

観測の結果を簡潔に報告するフォームも用意されているので、今回は私も参加しようと思っている。

今年は、ガリレオ・ガリレイが望遠鏡で初めて宇宙を観測してから400年の、「世界天文年」。

国立天文台のキャンペーンも、それにちなんだものだ。

皆で参加して、この世界天文年2009日本委員会公認イベントを、盛り上げようではないか。

| | トラックバック (0)
|

星 降 る 夜 に

オリオン座流星群で今、ワクワク。

今回は月明かりがないなど、条件が良く、観測の絶好のチャンスとのこと。

オリオン座は、学校の理科の時間に観察の宿題にもなった、親しみやすい星座だ。

三ツ星が見付けやすく、素人に優しい。

流れ星なら、肉眼でも見えるし、早速夜ベランダに出てみる。

が、時間が早かったので、オリオンさんがまだ天空に昇ってきていなかった。

深夜再び出てみると、頭上で輝いている。

雲がなく、気温も低過ぎず、いい気持ち。

カーディガンにパーカーを重ね着すると、寒さを感じないので、長居出来そうだ。

久しぶりにじっくり見上げる夜空。

流星群よりもまず、「こんなにたくさん星があるんだー」ということに改めて感動する。

はーーーー、綺麗だなーー。

とうっとりしていると、視界の端っこをヒョイと光が走る。

おぉ、あれが流星群か?

事前に国立天文台HPの特設ページ(23日まで)をチェック。

オリオン座流星群と、他の流星群との見分け方を早速やってみる。

それによると、オリオン座の左隣にあるふたご座との中間にある放射点がポイント。

そこを起点に放射状に走る流れ星が、オリオン座流星群の証。

ピッと走った光の位置と方向を逆に辿り、放射点にいき当たれば、可能性が高いのだとか。

「群」とはいえ、10分位の間に、3つしか見付けられなかった。

アニメなどのように、辺りが明るくなるほどの団体さんでは、やっぱりないのね。

新聞で知ったのだが、今回の流星群は、3000年前のハレーすい星のチリだという。

ロマンの一言では納まりきれない、壮大さに圧倒され、暫らく言葉が出なかった。

今見ている星のまたたき一つとっても、気の遠くなるほどの時を経て到達した、光。

ようこそ、地球へ。

私の瞳へ。

有難や有難や。

| | トラックバック (0)
|

英語で日記を書いてみる

という本が、「表現集編」を含め、2冊ある。

ずっと、ずっと、本棚に飾られたままだ。

これでは、いかん。

そう思ってここ最近、一言日記を、英語で書いている。

本屋さんで、「手帳」を英語で書くという、シリーズ最新刊が出ているのを見かけた。

大分前に発行されてからも、ちょくちょく店頭の特集コーナーに積まれているので、人気があるのだろう。

確かに、分かりやすい。

読むと、「英語って、こんなにシンプルだったんだー。」と驚くほどだ。

もちろん、あくまでも基本的な部分を中心に解説されているからなのだろうが、マスターすれば、言葉をちょっと置き換えるだけでかなりいろいろな表現が出来そうだ。

と言いつつ、全部を読まず、必要と思われる部分を拾い読みしているだけなのだが。

とにかく、毎日書くこと。

自分で自分にそう課したものの、たった一言が、英語だとこんなにまごまごするのかと、情けなくなる。

中学から高校の頃に、海外文通していた経験で、英文は山のように書いていた。

半分は自己流だったが、英語の読み書きに親しんできた経験が、今の私には遠い過去の物語のようで、現実には、ちっとも身になっていないことに、愕然とする。

使わないと、錆びちゃうのは、頭も同じなのねー。

改めて、実感した。

やっぱり、とっておいて、よかった。

と、あの時使っていた英和、和英辞典と、「英語で・・」のご本をひっくり返しながら、その日の一文を作り上げる。

山形の伯父が、今年もサクランボをたくさん送ってくれた。

それを英語にしたものを、家族に添削してもらう。

「その書き方だと、通説的な意味になっちゃうから、この方がいい。」

などと注意されて、「へへー。ありがとうごぜぇやす!」と頭を下げる。

成程、ちょっとたことで、違うニュアンスになるのか。

シンプルなようでも、奥が深いな英語って。

それにしても、よくこんなこと知ってるね、と見直したり、家族の意外な一面も覗けて、面白い。

今日は、何を日記に書こうかな?

その日の夕方には、気になりだす。

なるだけ簡単な表現で書ける出来事を、一日を振り返って探し出す。

お風呂の中で、そうだ!あれにしよう!と、思いつく。

早速出てから、机に向かう。

ん~~?

あれれ?この辺に、マネしようと思った文があった気がしたのに、どこいっちゃったんだろう・・・。

などと、おろおろしているうちに、すっかり体が冷えてしまう。

やっと書きあがって、家族にノートを渡し、その間にまたお風呂に戻る。

出てから、家族の採点と寸評をもらう。

ふー。やっとお布団に入れる。

英語のお陰か、最近寝つきがとてもよい。

普段、いかに頭を使っていないか分かってしまい、情けない。

いつか、英語で夢を見たいなー。

というのが、目標だ。

| | トラックバック (0)
|

ソ、ソ、ソクラテスか~プラトンか~♪ニ、二、ニーチェか、サルトルか~♪  み~んな悩んで、大きくなったぁ♪

雨が続いて、昼間というのにほの暗い部屋に、小さな光がさした気がした。

よく見ると、モンシロチョウチョ。

クレマチスにくっついてきて、いつの間にかどこかに行ってしまった青虫君に違いない。

まだフラフラと危なげな羽ばたきで、低く飛んでいる。

窓を少し開けてから、こっちにおいでー。と、追いかける。

近づいて手をそっと差し出すと、フワリと乗ってきた。

つぶさないように、もう片方の手でやんわり蓋をして、包み込む。

窓の外に手を出して開くが、タイミングがつかめないのか、なかなか飛び立とうとしない。

近くのバラの枝に掴まれるまで待って、手を離す。

やがて、霧雨の降る中、ヒラヒラと行ってしまった。

手を見る。

乾きたてのつるつるとした羽だからか、鱗粉は付いていなかった。

「科学と学習」の科学の付録が、顕微鏡だったことがある。

その時に初めて見たのが、イチモンジセセリの鱗粉だったことを、ふと思い出した。

シーモンキーの水槽も、パン生地を発酵させるキットもあったっけ。

発売日、小学校の校門を出ると、おばさんがスタンバッていて、足を止める。

自分の学年の、「科学」と「学習」の付録を見せてもらう。

わぁー。

今月は、どっちにしようかな?

わくわくと迷いながら、家に着く。

お小遣いをもらって、小学校へダッシュ。

おばさんが帰ってしまわないか、心配しながら走った。

「今月は、両方買ってもいい?」

たまにはダメもとで親に頼んでみると、思いがけず「いいよ」と許されて、有頂天になる。

あの頃は、お小遣いがもっと多ければ、悩まないで済むのにと、不満に思うこともあった。

しかし今にしてみれば、「制約」があるからこその「喜び」だったなと、親に感謝する。

いっぱい食べて、ギュッと硬くなる。

熟成を経て、力いっぱい飛び立つ。

辛抱と、開放。

成程。

生きものの成長には、欠かせないものなのかもなー。

煩悩の塊が、プチ哲学。

雨のせいかな。

| | トラックバック (0)
|

ガリレオの宇宙

1609年は、ガリレオが望遠鏡を作り、初めて宇宙を目にした年だと聞いた。

その頃の性能では、土星の環が、惑星の両脇についた耳のようにしか見えなかったという。

時は流れ、現在では、地球から眺めるだけでなく、宇宙へ出かけ、宇宙から宇宙を調査できるまでになった。

ガリレオさんが見たら、驚くだろうなぁ。

それとも、「ワシが生きてたら、もっと進歩してたわい」と悔しがるかなー。

ところで、望遠鏡は、高校の時からの憧れだ。

学校図書室の新刊コーナーにあった、小学生向けと思われる望遠鏡の入門書を手に取ったのが、きっかけだ。

屈折式や、反射式。

いいなぁ。

欲しいなぁ。

社会人になって、手の届くものも増えてきたが、思い切って買ったとて、自分の住む街や家の環境では、思うように見えまい。

との諦めで、叶わずじまいに終わった。

高校の頃と言えば萩尾望都さんが、SF少女漫画作品を、次々と発表されていた時期と重なる。

「11人いる!」や、「スターレッド」。

今でも読み返す、言わずと知れた名作揃い。

夢みる少女が、宇宙(そら)に憧れたのは、自然の成り行きだった。

数年前の夏、本格的な天体観測室を備えたペンションに、泊まったことがある。

が、宿泊中ずっと、夜になると土砂降りで、星を見るどころではなかった。

大学生のサークルなどもよく利用する宿らしく、それと思しき集団も泊まっていたが、手持無沙汰でブラブラしているようだった。

友人に言うと、「星は冬でないと」と言われて、納得。

キーンと音がしそうな程の寒い夜。

空には、どの季節よりも大きく輝く星々が。

成程。

澄んだ空気と、安定した天候が必須条件なのか。

寒いのを我慢して、狭いベランダで望遠鏡にしがみつく。

ズボラとグータラに磨きがかかった今の私には、それだけの苦労や散財をして、天体望遠鏡を手に入れようというパッションは、もうない。

が、ガリレオが手作りの望遠鏡で宇宙を覗き始めた時から、丁度400年。

500年記念の年にはもう、ガリレオさんの所に行ってるだろうから、今のうちにちょこっとでも宇宙に近づきたいなと、思い始めた。

家族が来年、海外の天体観測所へ、研修に行くことになるかも知れないという。

おぉ!

いいなー。私も行きたい。

なんて、旅行嫌いが何を言うか。

私の分も、宇宙によろしくね。

| | トラックバック (0)
|

女たちの闘い

小学校のクラブ活動は、喰いしん坊ゆえ、調理クラブ。

山形のおふくろの味を連発する母の家庭料理を食べて育ったので、洋風や、手作りデザートなどを教わり、別世界に足を踏み入れた気がして、毎回楽しみだった。

次回作るレシピを、予め渡してくれるので、友人とそれぞれの家に集まり、予習をすることも。

中華風ゼリー」のときであった。

の家で、材料を揃えて手順通りに作ったが、寒天が固まらなかった。

??

本番、「寒天を小さくちぎって・・・・」のところで、理由が分かった。

なら分かるが、棒寒天は、ちぎるというより、ほぐす位の気持ちが必要だ。

予習の時は、いくつかに分割するだけだったので、煮ても溶けきれなかったのだ。

なるべく小さくと指示されたが、茶濾しで漉すと、結構寒天が残った。

しかし、お隣の班よりも少ない。

砂糖と牛乳を混ぜ、器に流して冷蔵庫へ。

冷蔵庫のどこに入れたか分かるようにして、固まるのを待つ。

そろそろという声で冷蔵庫に取りに行くと、やはりいくつか固まらないままだった。

の班は、4つのうち、1つが液体のままだった。

でも、予習の時と比べると、進歩している。わーい。

大喜びでテーブルに着くと、固まらいものが多かったらしく、何やら上級生の班が揉めている。

どうやら、担任の先生にあげる約束をしていたらしいのだが、その余裕がないらしい。

顧問の先生の説得も聞き入れない。

とうとう、顧問の先生が泣き出してしまった。

それを見て、しぶしぶ引き下がった上級生。

いただきますをして、試食をしている間に、各テーブルをまわる顧問。

の班に来て「たぶん、あなた達のが固まらなかったと思うのよね。」と、皆に聞こえるように言った。

それを耳にした上級生たちの視線が、途端に険しくなる。

すごいで睨まれ、すっかり悪者になってしまった。

かに調理中先生は、茶濾しに溶け残った寒天を見て、「あら、溶けてないわね。」と言っていた。

でも、それを今口に出したのは、どうしてだろう?

ったことで、何かが解決するのか?

ところで、私たちの班よりも、寒天が溶け残っていた隣の班はどうだったのか。

は、誰よりも先に冷蔵庫を開け、自分達の分をいち早く確保していたのだ。

たちは他の班と、お互いに自分達の器の場所を確認し合い、確かに1つは失敗した。

の班は、もっと固まらなかったはずだ。

先生っていっても、全部を見たわけじゃないのに、決めつけちゃうんだ。

いたり、自分のせいじゃないって言い訳するんだ。

小学校高学年になってやっと、教師も一人の人間でしかないと知った。

高校になっても、相変わらず食べるの大好きだったので、調理を選択する。

きな者同士で班を作った時は、それぞれ得意があり、役割分担していた。

ぜる、こねるが得意な子は、「パワフルグルテン」。

泡立て担当は、「ミキサークイーン」。

包丁さばきが見事な、「みじん切りの妖精」。

など、それぞれが「リングネーム」をもっていた。

はというと、特に突出したものがないので、「大仏」と言われていた。

それでは、どっしり座って、何もしないみたいではないか。

かに、体形は似ているが。

どうやら、喜怒哀楽をあまり顕わにしないことから命名されたようだ。

表情が乏しいというよりも、鈍いので瞬時に反応出来ないため、そう見られていたらしい。

ともあれ、楽しい仲間と共に、より高度な技術を学び、今、大変役立っている。

大人の実態を教えてもらって、苦い味がした「中華風ゼリー」。

ばんだプリントに従って、今でも作っている。

ゴングの合図で、怒涛のプロフェッショナル集団と共に作り上げたピザや、ケーキ。

これまた今も、大活躍だ。

ありがたや、ありがたや。

| | トラックバック (0)
|

生まれ変わるなら

生粋の文系である。

というよ、数学が苦手である。

自慢ではないが、数学では赤点を頂いたこともある程だ。

しかも、担任の先生の担当教科だったので、大変気まずかった。

課題のノートを提出するため、足しげく職員室に通ったものだ。

それが功を奏し、無事卒業できた。ありがたや。

その担任の先生と、卒業後もお手紙で、近況を報告し合っている。

先日お手紙に、大きな紙が入っていたので、「なんだろう?」と開くと、何やら複雑に重なりあった図形が。

正確な数字は頭に入らなかったが、正何面体をコンピュータで書いたものとのご説明がある。

先生がご使用になっているコンピュータは、ネットに接続しておらず、もっぱら数式の計算や、このような図形を描くためにあると聞き、のけぞる。

心底数学がお好きなのだなーと、改めて思った。

ーむ。同じ人間なのに、何故こんなに違うのか。

や煩悩のかたまり。一方その師は、教職を退いてからも研究を続け、敬虔なキリスト教徒でもある、清廉なお方だ。

かといって、堅物というふうでもなく、教壇にお立ちの頃から、ユニークで優しいお人柄が、私も含め、多くの生徒達から信頼され、尊敬されていた。

ーーーー。

、長い溜息をつかずにおれない。

理数系の、理は好きな方だった。

実験の時間など、何よりの息抜きであり、好奇心を刺激される楽しい時間だった。

、指導要領が削られ、実験をする機会が減ってしまっていると聞く。

高校の家庭科も、私の頃は2時間続けてあったが、今は1時間しかとれず、50分間の間にできる調理実習を工夫せねばならず、先生は大変だそうだ。

休日は増えたが、学校生活の中から、一息つく時間は減ってしまっているのだと、かわいそうになる。

一息といえば、高校の物理は、雨が降ると必ず休講だった。

物理には実験がないばかりか、訳の分からぬ公式を覚えねばならず、理科というより数学に近い感覚があり、大の苦手だった。

よって、雨の日に物理があると、得した気分だった。

勉強熱心な生徒なら、不満が噴出する事態だったが、皆私と同じ気持ちだったのか、そのことを追及したり、クレームが出ることがないまま一年の終わりが近づいた。

学期のある雨の日、物理の時間の始業ベルがなると、その先生がガラリと入って来た。

教室中が、「え~~~~~っ!!!???」の大合唱になった光景と、先生の気まずそうなお顔が、今も忘れられない。

の日に、物理の先生が教室に現われたのは、それが最初で最後で、高校生活一番のサプライズだった。

何故雨になると、お休みなさっていたのか、今でも不明のままだ。単に雨が嫌いとの噂も聞いた気がするが、定かでない。

えば、この時代の先生は、そうそうたるメンバーだった。

学歴の高い先生ばかりで、東大始め、もの知らずの私でさえ知っている、「超難関」とされる、国立、私立大学出の先生方がひしめいていた。

たくさん勉強をなさったからだろうか。

え方や生徒の興味を引くのが上手で、勉強だけでなく、今でも役立っている知恵を、いくつも授けて下さった。

生物の先生は、教育テレビの講師もなさっていたし、校長先生もテンションがアメリカンのイケイケで、学校全体が明るく楽しかった。

そんな恵まれた環境の中にいた幸運を、今になるまで気付けなかったのが情けない。

あのとき、もっと真面目に勉強していればと、悔やまれてならぬ。

まれ変われたら、また自分でいい。

でも、学校生活をやり直したいと、心から思う。

| | トラックバック (0)
|

プチプチプッチん

友人の結婚式が終わって、ロッカールームで着替えをしていた時だった。

の中から、来るとき車中で読んでいた本が、床に落ちた。

バサリとカバーが外れ、表紙がむき出しに。

それを見て、となりのロッカーを使っていた人が、歓声を上げる。

あら、それに出てくる人、○大にモデルがいるのよ」と。

この方どなただろう?」と考えているときだったので、何人かの名前を言われたが、聞き取れなかった。

そのとき真っ先に頭に浮かんだのは、「漆原教授みたいな人が本当にいたら、周りは迷惑だろうな~。」ということだ。

この作品がきっかけで、シベリアンハスキーの人気が沸騰した。

そう、「動物のお医者さん」だ。

られざる獣医さんの卵たちの日常が、大変楽しく描かれていて、大人気だった。

その場にも愛読者が数人いて、「あ!もう出てるの?帰りに買っていかなくちゃ」と口々に言っている。

登場人物も、登場動物も一筋縄ではいかぬ個性派揃いで、全体のクオリティがかなり高い。

に、文系の私などからは想像もできない、理系学生さんの日常のおかしさが満載だ。

まだ読んでいない人には、一読することを強くお勧めする。

ところで、多くの大企業のトップや要職につく人は、一流大学の文系出身者だと聞く。

系は広く浅く、理系は、一分野を深めるイメージが一般的で、言葉は悪いが、「専門○○」よりは、広く総合的な能力を持つとされる文系が、重用されてきたらしい。

しかし今は、事情が変わってきたという。

入社員を迎える企業側からすると、講義、実験、レポートと、勉強に忙しい理系の卒業者の方が、当たり外れが少ないということで、好まれているらしい。

それだけではない。

仮説を客観的に見据え、それに向かって試行錯誤し、突き詰めるという思考回路や行動性が、そのまま、目標(ノルマ)達成するために努力することと重なり、結果を出しやすい人間を形成すると見られている。

屋さんに行っても、理系を取り上げた漫画や読み物がたくさん出ている。

さわりを読んだだけだが、主に理系の男性を、「真面目でかわいい」と、好ましいオタクとして受け止めているようだ。

かに自分の周りの理系くん達をみていると、頷ける内容だ。

ノーベル賞を、複数の日本人科学者が一度に受賞したり、理科離れを懸念して、学校の授業でカットされてしまった実験を請け負う塾が盛況だということといい、理系に追い風が吹いている。

しかし現実には、理系の分野を深めても、日本社会では食べていけないという悲鳴は深刻らしい。

の環境を手に入れられたのは、技術の進歩や、新素材の開発など、理系の方々の力によるところが大きいはずなのに、だ。

じ研究をするにしても、アメリカに渡って認められると、下にも置かぬ扱いをしてくれるという。

まいも高級住宅を与えられ、使用人や、実験室には助手も付けてくれる。

もちろん報酬も桁が違う。

そうなると、優秀な理系くん、さん、達が「日本じゃ、やってらんね!」となるのも当然だ。

優秀な頭脳の流出をこれ以上許していていいのか。

こういうところでも、危機感を持ってもらわないと、日本の将来が危うい。

天然資源がない分、人が資源の日本だからだ。

先進国中、教育にかけるお金が最低のままでは、他国に追い越されるだけでなく、いい人材が埋もれてしまってもったいない。

もちろん、優秀と思われる子に予算を集中させるのではなく、全体の学力を底上げすることが、大前提だ。

その上で、向上心のある子が、経済的な理由で勉強を諦めずにすむよう、手厚く援助するシステムを作って欲しい。

研究に携わる方々が、研究に専念できるような援助も、早急に進めなければならないだろう。

先輩が食べていけない姿を、後輩に見せるなど、絶対にしてはならないはずだ。

そして、今の生活の質が、優秀で頑張りやの世代の「貯金」であることを自覚しよう。

え」を食いつくしたら、何が待っているかは、不況の今なら容易に想像がつくのではないか。

いいところを外資に抑えられ、日本国内でありながら、日本人が報われない労働環境に甘んじる。

るる。

そうならないためにも、お子さんがいる方は「動物のお医者さん」などを読ませ、大学は楽しい、勉強はやりがいがある、と思わせよう。

いい大人も夢中になるほどの名作だ。

ちなみに、私にとって、印象的なキャラは、花とゆめコミックスだと10巻に出てくる、プチだ。

仔犬の頃、さぞかわいかったんだろうなと思う。

プチにはこだわりがあるが、それに夢中になっているうちに、最初の目的を忘れるところが他人(犬)とは思えない。

この作品を読んでいると、今からでも、大学生になりたくてしょうがなくなる。

| | トラックバック (0)
|

手紙をください

ドイツがまだ、東西2つにわかれていた頃、西ドイツの女の子と文通していた。

文通という言葉は今、もはや死語に近いのではないか。自分で使っていても古めかしい言葉だなと思う。

世界中と瞬時にやり取りできるメールがあるから、最近ポストに近付いてさえいない方も多いかもしれぬ。

めたきっかけは、学校の英語部の顧問の先生の勧めだ。

もあるのだろうか。日本ペンパルクラブに、文通相手に関する希望を伝え、料金を払って仲介してもらう。

習いたての英語を使って、一から手紙を書くのは大変だ。

本屋さんに行くと、海外文通の例文集なるものがあり、これを利用していた。

身の回りの出来事を報告する文から、日本の文化を紹介する例文まであり、一部分を変えて便箋を埋める。

どうしてもわからない言い回しがあるときは、日本語を書いたメモを顧問の先生にお願いして、英語にしてもらっていたので、イギリスの女の子から、「あなたはどうしてそんなに英語がじょうずなのですか?」と、返事に書かれてきた友人もいる。

文通相手のスザンヌは、乗馬が趣味であった。

深く追求してはいなかったが、案外セレブだったのかもしれぬ。

そっちが忙しかったからか、返事が来る間隔が長い。

に、私の片思い状態が続く中、お互い自然に手紙を出さなくなった。

元気でいるだろうかと、時々思う。

文通をやってよかったことの一つは、なんとなく英語に馴染めたことだ。

相手に通じたという自信も大きい。

は英語が母国語の子と文通しなかったので、お互い勉強中のところがあった。

しかし、ヨーロッパの言葉は、英語の親戚語みたいなものだから、母国語で文章を組み立てて、単語を入れ替えれば、それらしくなるのではないかと思ってしまう。

ところで、日本語は、どうしてあちらと真逆なのだろうか。

最後まで聞かないと、イエスかノーか分からないところは、すごくいかしていると思うが。

日本語が世界の公用語なら、外交面でもっと相手を煙に巻けるのに、英語を使わないといけないので、それも出来ぬ。

言語系統の違いが、外交下手につながっているのだとしたら、なんとももどかしいことだ。

英語のように白黒はっきりさせたいのが、若者の特徴なら、曖昧のままで結構と、余裕を持てるのが、大人というものか。

しかし私の場合は、シカマル並みの面倒くさがりなので、どうでもいいという極致に達したのかもしれぬが。

と比べあの頃は、わくわくと切なさが、自分の中で極端だったなと、思い返す。

ポストの隙間から覗き、しましまのエアメールの封筒が見えたときの感激。逆になかった時の落胆。

クリスマスなどに届いた、スザンヌ手作りのクッキーの不思議な味。

にも、ベルギーのサッカー少年、ピーターとも文通していた。

も、いいおじ様になっていることだろう。

スザンヌよりも筆マメだった彼の手紙の数は膨大で、文化祭の展示でスペースに並べきれず、注目を集めたものだ。

便せんや封筒に凝ることや、季節や手紙の内容にピッタリの記念切手を貼って相手を驚かせることは、メールではできない。

大事な人にこそ、手紙を書こう。

面倒くさがりの私の、数少ないこだわりだ。

| | トラックバック (0)
|

より以前の記事一覧