アニメ・コミック

り ふ れ い ん

今、「チャングム」の再放送をやっている。

だが、自分にとっては印象的だったシーンが、カットされていた。

母のところにDVDが全巻揃っているので、見ようと思えばノーカットで楽しめる。

けれど、母の視聴中に遊びに行き、虫食い状態ながら、その都度一緒に見ているのでそれ程の情熱はない。

ところが、再放送をつけていて、「見たことない」シーンが続出し、あれれ?

なんだか、結構大事な部分を見ていないんじゃないかという気がしてきた。

母に、借りようかな・・・・。

そう思って、行く。

テレビ台の上に、あるのは分かっている。

以前「どこまで見たかが、分かるようにしてある」と、言っていたっけ。

確認すると、12巻のケースが一番上に置いてある。

他の韓流ドラマにハマっているから、ほったらかしだと思っていたが、ひょっとして・・・。

念のために聞いてみると、「たまに少しづつ見てる」と言うではないか。

なら、諦めよう。

いいもんね。再放送があるから。

ということで、母のテレビのチャンネルを、勝手に「チャングム」に合わせる。

むぐむぐ、パリポリ・・・。

ごきゅごきゅ。

2人して、お菓子やお茶を口にしながら、見入る。

ねね、今のシーンって、DVDの何巻当たりかって分かるの?

「ふっ」

あたぼうよ!と言わんばかりの余裕の微笑み。

「何巻目」の、「何話」まで、スラスラと答える。

ひぇ~。

どんだけ見たんだか・・・。

家に帰って、一人ゴソゴソと本棚を漁る。

あてにしていた「チャングム」が借りれなかったので、長編コミックで穴埋めをしようとしたのだ。

何度読み返しても、面白いなー!

と、快調に読み進む。

あれ?

この間、文化祭やったばっかりなのに、また?

おかしいと思いつつ、そのまま進む。

よしっ、次の巻は、と。

あっ!

読む順序、間違えちゃってる!

9巻読むところを、10巻先に読んじゃった・・・・。

こんな大失態、生まれて初めてで、自分でもショック。

もーろく・・・。

咄嗟に心に浮かんだ言葉を、慌てて打ち消す。

なんの!

還暦を過ぎた母の頭の中には、「チャングム」DVD全巻が納まっている。

私、あの人の娘だもん!大丈夫!

不安を打ち消すように立ち上がり、元気に仕事を始める。

父似だということを、思い出すまで。

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お  宝  鑑  定

は、見ていて面白い。

自分の審美眼を試したり、人の欲望や野望が値段に込められて、ものの価値を考えさせられる。

近所にも、たくさんのリサイクルショップがある。

家族が休みの度に、好んで足を運んでいる。

一度ならずと、ついていき、いいものがあったらと眺める。

が、じっくり見ることもなく、すぐに出てくる。

自分が、お古が苦手なのだと気付いたのは、ここ最近のことかもしれない。

前に持ち主がいたというのが、訳も分からずただ怖い。

その人の念というか、カラーが染み込んでいるように感じてしまうのだ。

他人だからというわけでもないようだ。

実は、家族の持ち物を触るのも、躊躇する。

例えば、少しの間鞄を持ってあげるときや、その中から車のカギを出すときなど。

はっきりとは表現できないが、その物から、拒まれているような圧迫感を感じるのだ。

長女だから、お下がりに慣れていない、というのもあるのか。

そんな体質なので、骨董店など怖くて、とても長くいられないのだ。

「雨柳堂夢咄」という、骨董店の美少年が主人公のコミックがある。

そこには、ものに宿ったもののけ達と、少年の心温まるやり取りや、感動話が語られている。

これを読んだから、余計に苦手に拍車がかかったのかもしれない。

以降、「人が所有したものはイヤ」と、タカビーなポリシーを、心の中でつぶやく。

子孫を喜ばせるような家宝は、残せそうにない。

もしかしたら、それのための、予防線なのかも知れない。

おニューで、マシンメイド。

安価でお手軽、大量生産。

私には、それで十分なのだ。

不甲斐ない先祖で、すまぬ!

自分たちの力で、逞しく生きていくんだよ。

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あるけど みえない

ほんとにあった怖い話。

唯一購読している雑誌だ。

奇数月の下旬に発売されるので、今月は楽しみにしている。

中でも楽しみなのは、「能力者」がご登場するシリーズだ。

最初は、「隣の霊感少女」だったのが、能力を磨き、困っている方々をお救いするところにまでなっている方もおられる。

毎号、読者からの投稿を漫画化したものも数編あるが、「あれは、何だんだろう?」だけで終わってしまうか、こじつけで締められてしまうものが大多数を占める。

しかも、パターン化していて、どっかで読んだような気がして、新鮮味がない。

それとは対照的に、霊能力で相談事を解決したり、疑問を解消できる方が登場するお話は、読んでいて考えさせられる教訓が含まれており、単に「怖い話」では終わらないのがいい。

他にも、「ヒプノセラピー」という手法で、相談者の心の問題や体調不良を改善するシリーズも、興味深い。

ヒプノとは、催眠のことで、相談者の潜在意識から問題の根本を見つけ出し、解決に導く。

前世がらみのことが多い。

とても他人事とは思えない悩みも取り上げられ、気持ちを切り替えるきっかけを得ることもある作品だ。

「ほん怖」は表紙が、ときにはおどろおどろしい。

よって、ただの怖いもの見たさを満たす軽い内容と取られがちかもしれないのが、残念でもったいない。

自分の要求を聞き入れてもらい、満足して成仏する。

それは、生きている私たちも日々経験していることだ。

理解や共感を得られて、心にずっとあったしこりが、とけるなどと同じではないか。

死しても、人は人で、肉体の有無の違いだけだということが、能力者を通して伝えられる「事情」を知り、実感できるのだ。

能力者さんたちが、聖人君子でなく、普通のお姉さんなところも、いい。

六法全書に則り、しゃくし定規的な判決が出て、納得がいかない裁判にモヤモヤする。

が、次の日、ワイドショーで「それはないだろう!」と人情剥きだしで、反発するコメンテーター。

裁判官を、聖人君子とは言わないが、「ほん怖」の霊能お姉さん達は、完全に後者だ。

悪いものは悪い!と、ビシッとお仕置きしてくれる、必殺仕置人なのである。

読後、「あー、スッキリしたー!」ということ、しばしばだ。

ほとんどの人が感知するだけの、「みえない世界」が、日々の生活にどのようにかかわっているかが分かって面白い、「ほん怖」。

一度、お手にとって見ては。

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食わず嫌い選手権

さな頃からふくよかだったので、そう呼ばれることが多かった。

まるで自分のことを言われているようで、無意識のうちに避けてきたのかもしれない。

そういう訳で、遅ればせながら、「紅の豚」を観た。

久石譲さんの、ジブリアニメ音楽のコンサートに行ったとき、久石さん自らピアノをお弾きになった、渋くて大人の情感を醸し出す「紅の豚」の挿入曲が、すごく印象的だった。

その音楽が、トラウマを超え、DVDを手に取らせたのだ。

ちょっとのつもりが、席を立てなくなり、仕事をほったらかしとうとう最後まで見てしまった。

紅の豚」というと、「男の世界」という印象を持っていたが、とんでもない。

魅力的な女性がわんさか出て来て、目が離せないのだ。

が一番好きなシーンは、主人公ポルコの飛行艇を作るところだ。

飛行艇会社の主が、一族を集め、取りかかる。

その一族というのが、全員女性で、老いも若きも、きびきびと己のなすべきことをこなしている。

お昼の食卓を囲むときは、全員が自然にお祈りをし、品よくいただく。

「私にも、手伝わせて下さい!」と飛び込んでいきたい程、魅力的な工場だった。

は、途中から見始めたので、なぜポルコが豚になってしまったのかわからないが、「もう、豚で全然オッケー!」って思う位かっこいい。

想像力不足だからか、主人公が美しくないと、入り込めない。

、あのハスキーな低音が、しびれるほどかっこよくて、ハンサムでないことなど、全然気にならない。

幼馴染のポルコを心から愛するマドンナ「ジーナ」は、テーマ曲を歌っているお登紀さんが吹き替えている。

だるい雰囲気で男性達を煙に巻き、捕まえどころのない美女役がハマっていて驚いた。

ハウル」で痛感したが、声って大事だな~と、つくづく思う。

もうひとつ、とても印象的だったシーンがある。

ポルコはいつも手袋をしているが、決闘の前夜、機関銃の弾をチェックするときだけ、素手だった。

あれ、ひづめじゃない・・・・。」と、すごくびっくりした。

えてみれば、手袋をしているときは、普通に指が分かれているしね。

思ったら、人に戻っていた。

一瞬で、また豚になったが。

でも、人でも関係ない。

ポルコなら、いいのだ。

そう思うほど、「紅の豚」はいい。

脇役の脇役でさえ、キャラがたっていて印象に残る。

は、「ぽんぽこ」観よ。

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プリンスの悲劇

テレビをつけておいたら、アニメなどの初回や最終回シーンの特集が始まった。

かしいというよりも、この頃結構取り上げられるジャンルなので、複数の番組で何度も見ている。

正直「またか」という感じでいた。

しかし、「みなしごハッチ」には引き付けられた。

の世界の掟が厳しく、子供心にも世間の風の無情さが胸に残るアニメだからだ。

えて、このような番組に取り上げられることが少なく、久しぶりのハッチを、じっくり見てしまった。

感動の最終回を涙で飾り、「ああ、よかった!」と安心していた子供時代。

、リアルな事情を知る年頃になり、ハッチの悲劇はまだまだ続いたことを知る。

の巣の中に君臨する女王蜂は、その巣のほぼ全ての蜂のママであることは間違いない。

ばれた蜂に与えられるローヤルゼリーによって、女王候補は成長する。

しかし、あとの大半は働き蜂として、一生を過ごす。

~なしごハッチは、お~とこの子~♪」の唄にもあるが、ハッチはオスだ。

ママと一緒にいる妹のアーヤは女の子で、女王候補の生き残りなのは間違いない。

数々の困難をくぐり抜け、やっと古巣に帰ったハッチは、「おかえりなさい!」と歓迎された後、働き蜂としてこき使われる運命が待っているのではないか。

ハッチの波乱万丈の人生は、まだまだ続くのだ。

、思っていたが、働き蜂はメスだと知る。

じゃ、オスはどうなるの?と思ったら、ちゃんと役目がある。

女王をめぐり、ライバル蜂と、命がけの争奪戦を繰り広げるらしい。

見事女王をゲットしても、交尾後に死んでしまうという。

ちなみに、ハッチのようにいつまでもママの側から離れないオスは、「役立たず」として巣から追い出されてしまうらしい。

のマザコンはいつまでもママの側にいられるのに、蜂だと大変だ。

を含め、画面の前の子供達は、ハッチが王子様として、皆からかしずかれると信じていたのに、何ということだろう。

の半分以上の大きさもあるハッチの目には、よく涙が浮かんでいた。

それが今、つつぅーと、こぼれた気がした。

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プチプチプッチん

友人の結婚式が終わって、ロッカールームで着替えをしていた時だった。

の中から、来るとき車中で読んでいた本が、床に落ちた。

バサリとカバーが外れ、表紙がむき出しに。

それを見て、となりのロッカーを使っていた人が、歓声を上げる。

あら、それに出てくる人、○大にモデルがいるのよ」と。

この方どなただろう?」と考えているときだったので、何人かの名前を言われたが、聞き取れなかった。

そのとき真っ先に頭に浮かんだのは、「漆原教授みたいな人が本当にいたら、周りは迷惑だろうな~。」ということだ。

この作品がきっかけで、シベリアンハスキーの人気が沸騰した。

そう、「動物のお医者さん」だ。

られざる獣医さんの卵たちの日常が、大変楽しく描かれていて、大人気だった。

その場にも愛読者が数人いて、「あ!もう出てるの?帰りに買っていかなくちゃ」と口々に言っている。

登場人物も、登場動物も一筋縄ではいかぬ個性派揃いで、全体のクオリティがかなり高い。

に、文系の私などからは想像もできない、理系学生さんの日常のおかしさが満載だ。

まだ読んでいない人には、一読することを強くお勧めする。

ところで、多くの大企業のトップや要職につく人は、一流大学の文系出身者だと聞く。

系は広く浅く、理系は、一分野を深めるイメージが一般的で、言葉は悪いが、「専門○○」よりは、広く総合的な能力を持つとされる文系が、重用されてきたらしい。

しかし今は、事情が変わってきたという。

入社員を迎える企業側からすると、講義、実験、レポートと、勉強に忙しい理系の卒業者の方が、当たり外れが少ないということで、好まれているらしい。

それだけではない。

仮説を客観的に見据え、それに向かって試行錯誤し、突き詰めるという思考回路や行動性が、そのまま、目標(ノルマ)達成するために努力することと重なり、結果を出しやすい人間を形成すると見られている。

屋さんに行っても、理系を取り上げた漫画や読み物がたくさん出ている。

さわりを読んだだけだが、主に理系の男性を、「真面目でかわいい」と、好ましいオタクとして受け止めているようだ。

かに自分の周りの理系くん達をみていると、頷ける内容だ。

ノーベル賞を、複数の日本人科学者が一度に受賞したり、理科離れを懸念して、学校の授業でカットされてしまった実験を請け負う塾が盛況だということといい、理系に追い風が吹いている。

しかし現実には、理系の分野を深めても、日本社会では食べていけないという悲鳴は深刻らしい。

の環境を手に入れられたのは、技術の進歩や、新素材の開発など、理系の方々の力によるところが大きいはずなのに、だ。

じ研究をするにしても、アメリカに渡って認められると、下にも置かぬ扱いをしてくれるという。

まいも高級住宅を与えられ、使用人や、実験室には助手も付けてくれる。

もちろん報酬も桁が違う。

そうなると、優秀な理系くん、さん、達が「日本じゃ、やってらんね!」となるのも当然だ。

優秀な頭脳の流出をこれ以上許していていいのか。

こういうところでも、危機感を持ってもらわないと、日本の将来が危うい。

天然資源がない分、人が資源の日本だからだ。

先進国中、教育にかけるお金が最低のままでは、他国に追い越されるだけでなく、いい人材が埋もれてしまってもったいない。

もちろん、優秀と思われる子に予算を集中させるのではなく、全体の学力を底上げすることが、大前提だ。

その上で、向上心のある子が、経済的な理由で勉強を諦めずにすむよう、手厚く援助するシステムを作って欲しい。

研究に携わる方々が、研究に専念できるような援助も、早急に進めなければならないだろう。

先輩が食べていけない姿を、後輩に見せるなど、絶対にしてはならないはずだ。

そして、今の生活の質が、優秀で頑張りやの世代の「貯金」であることを自覚しよう。

え」を食いつくしたら、何が待っているかは、不況の今なら容易に想像がつくのではないか。

いいところを外資に抑えられ、日本国内でありながら、日本人が報われない労働環境に甘んじる。

るる。

そうならないためにも、お子さんがいる方は「動物のお医者さん」などを読ませ、大学は楽しい、勉強はやりがいがある、と思わせよう。

いい大人も夢中になるほどの名作だ。

ちなみに、私にとって、印象的なキャラは、花とゆめコミックスだと10巻に出てくる、プチだ。

仔犬の頃、さぞかわいかったんだろうなと思う。

プチにはこだわりがあるが、それに夢中になっているうちに、最初の目的を忘れるところが他人(犬)とは思えない。

この作品を読んでいると、今からでも、大学生になりたくてしょうがなくなる。

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ぬっくぬく

福助のアウトレットに行ってきた。

福助というと、吉田秋生さんの作品から、男性下着のイメージを持っていた。

主人公の少年達が、下着のブランド名を宣言し合うシーンだった。

くと、レディスものの方が多くて、嬉しくなる。

そして、レジの目立つところに、かわいい模様の入った足袋が置いてあったから、お名前からして、こちらがメインなのかーと思った。

レディスソックス類、4足で千円。ほほー。

ると、ひねりの効いたおしゃれなものや、季節がら、あったか素材のものなど、目移りする程だ。

家族を本屋に追いやって、一人でじっくり選ぶ。

ソックスを選ぶのは、楽しい。

洋服と違って、少々大胆でも、パンツだとほとんど人には見えない。

いつもと違う色ものに挑戦したり、遊べる。

についたものを手に取り、手触りを確かめる。

は地味なくらいなのに、内側の触り心地が信じられないほど気持ちいいものに出会い、感激する。

きなものを選ぶよりも、どれを我慢するかにいつも時間がかかる。

お買い得品だが、ここで全部買ってしまったら、次の楽しみがなくなってしまう。

グッとこらえ、数足を棚に戻す。

そうだ、家族の分も買わねば、気が咎める。

ふむ、5足組のパック物でいいかと、かなり手抜きな選択だ。

?表示に違和感が。

サイズの書かれたシールには、男性のサイズが表示されている。

しかし、商品タグには女性のサイズが。

店員さんに聞くと、「やはりおかしい」と、棚に残っている同じ商品とともに全て撤去し始めた。

そそっかしい私にしては、よく気づいたものだ。

を取り直して、他のコーナーに進む。あったか下着がいっぱいある。

えに関しての石原結實氏の本で、腹巻きや、ネックウォーマーを推奨していた。

おぉ、早速買おうぞ。

は、環境の変化に対して、つい最近まで無頓着だった。

くても、一枚着ようなどと思わず、風邪をひく。

に暑くても、上着を脱がず、汗が冷えてまた風邪をひいていたのだ。

アホであった。ナベアツさんよりも、「アホ」がまわってくる回数は多いと思う。

もういい年だし、いつまでもこれではいかんと思っていた。

今年は、石原氏の影響もあり、重装備で冬を迎え討つ決意だ。

レースのついた、かわいい腹巻きと、肩までカバーするネックウォーマーを買う。

と、2枚で1500円だ。見るとそれぞれ、千円以上の値段がついている。

しくなって、家族の分のネックウォーマーも買う。

って早速渡す。

難う!」という言葉を期待していたが、しばしそれを見て家族が発した言葉は、意外なものだった。

弓親(ゆみちか)みたい。」

わずと知れた、ブリーチの綾瀬川弓親のことだ。

以来、我が家ではそれを、「弓親」と呼んでいる。

風邪ひかないよう、「ゆみちか」しなさい。

ゆみちか」洗うから、脱いでください。など。

久保帯人先生、弓親ファンの皆様、すいません。

でも、ゆみちか、本当にあったかい。

ちょっと喉が痛くなりかけ「ひぇ~」と思っても、ゆみちかをして一晩寝ると、直っている。

お勧めだ。

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しあわせの基準

久しぶりに、レンタル店に行ったら、何と貸本コーナーができていた。コミック1冊が、1泊2日80円。ほほー。

近所のネットカフェで、3時間千円パックで、コミックを読んでいる。だいたい、7冊読めるので、読みたい本がたまると、行っていた。プチ家出にも、利用している。

ピピ・ポポと、頭で電卓をはじくと、貸本のほうが、安い。むむ。

しかし、「こんなの読んでんのか・・・。」って、思われるんじゃないかと思うと、窓口に好きな作品をもっていくのに、気が引ける。エッチなのは全然興味ないが、未だ乙女目線の作品を愛好している。「頼まれて」を装うのも、煩わしい。

なら、単価は高いが、ネカフェの方がいいかなー。とも考える。

他の人、ネカフェを、どのように利用されているのだろうか。カップル席なるものもあり、2人でマンガ読むのか、ゲームするのか、それとも・・・・。など、はしたない想像に行きそうになるのを、打ち消したりしていた。私などより、よっぽどかしこく使っている方がいるのではないだろうか。そんな方がいたら、ぜひご伝授頂きたいものだ。

私はひたすら読むことに専念する。飲み物や、ソフトクリームが自由にお替りできるが、せいぜい2杯までである。それ以上だと、トイレに行く時間がもったいない。いくらお腹が鳴っても、食事の注文など、とんでもない。食べるなら、読む方に使いたい。

しかし、全部新品で買うしかなかった頃と比べると、何と便利な世の中になったのだろうと、しみじみする。

少ないお小遣いを握りしめ、本屋さんで究極の選択に悩んだのも、いい思い出だが。

不自由が幸福を実感させるのは、おなじみだ。なんでも、心地よい方向に進み、整った世の中で育つ人は、ハードルが高くなっているんだろうなと、心配になってしまう。

もし、くじけそうな時は、手っとり早く、「ポリアンナ」の「よかった探し」をお勧めする。

今より不幸、自分より下をみて安心したり、慰められるのは好かないが、いつかそうせずにすむ自分になれるまでの、応急処置も、必要であろう。

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あつく語る

親戚の家に着くなり、「マンガの『エロイカ』って、しってる?!」と、聞かれた。

「青池保子さん、池田理代子さん、どっち?」と聞くと、嬉しそうに「青池さん!!」と声を上げる。それは、とても意外な人物だった。モデルガンが趣味で、外で、ペイント弾を使用した、レンジャーごっこに喜びを感じる、男性だった。やっと話が分かる奴を見つけたとばかりに、質問が次々飛んでくる。

なんでも、家のトイレに、全巻を鎮座させ、度々長居をして、家族を困らせているらしい。 

「エロイカより愛をこめて」のファンは大まかに、少佐派と、伯爵派の2派に別れ、最大派閥の少佐派は、8割を占めるという。たまに、私の友人のように、ジェイムズ君派というものもいるが、それは、超レアな存在だ。

は、伯爵派だとのこと。ふむ。

次に、ケロロに話を振ってくる。彼は、ギロロがご贔屓だそうだ。ふむふむ。

ここで、彼の嗜好の共通項が見えてくる。まず、武器、戦闘。そして、真ん中より、ややはじっこ側にいるキャラに、心惹かれやすそうだ。

普段、彼の一番の理解者である奥さんは、彼がファンだという人物や、作品について、ほとんど知識がないそうで、がっかりしていたらしい。それに、男性の友人に少女マンガのファンがいる確率は、そう高くはあるまい。私でよければ、いくらでも話し相手になりますとも。

彼を喜ばせるために、以前青池先生公認の、ファンクラブの会員であったことも、打ち明ける。これは、私が真のファンであるとの証となり、彼のテンションはますます上がった。一度終了した連載が再開され、彼も嬉しかろう。トイレの独占は、ほどほどにね。

以前、山田ミネコ先生に、ファンレターを書いた。すると、なんと、直筆のお返事を頂いたのだ。

最終戦争シリーズの、特に「西の22」や、「誕生日が来ない」が大好きで、将来子供が産まれたら、作品の中から、お名前を頂戴したいと書いた。

ミネコ先生は、その作品の人物のような、お美しい方である。お返事には「私も考えていましたが、子供の顔を見て、やめました。」というようなことが書かれていた。本家本元の美女が、そうおっしゃる。私ごときが恐れ多くてできるわけがないと、諦めた。

話は逸れるが、今、常用漢字がどんどん増えて、子供さん達の名前が、一筋縄でいかない状況になっているそうだ。素直に読めることなど、まずない。ひねりに、ひねっていて、学校の先生など、人の名前にたくさん接する職業の人は、たいへんだろう。余計な御世話だが、成長後を見てつけるわけではないので、悲劇や喜劇が起きるのではないかと、いらぬ心配をしている。

マンガの神様が手塚治虫先生であることは、誰もがご存じだろう。では、少女マンガ家の御三家が、萩尾望都先生、竹宮恵子先生、大島弓子先生であることはご存じか。

以前、萩尾先生が、レコードを出された。「エトランゼ 1」というLPで、作詞作曲、歌もご本人の、ファンにとってたまらない、お宝である。もちろん入手し、今も大切にしている。発売記念の、サイン会にも、しっかり行ってきた。握手するときの先生のお手は、華奢で、やわらかく、ペンダコなどない、手タレのような美手であたった。

内容も素晴らしく、耳に残るメロディーで、ファンではない家族も一緒に口ずさむ程だった。今でも歌える。

今、怖くて近寄れないでいるが、「ボーイズラブ」というジャンルのマンガや、小説の中身は、どうなっているのだろうか。

萩尾先生の、「トーマの心臓」「ポーの一族」、竹宮先生の「風と木の詩」などからが、始まりのような気がする。美しい表現をいつまでも大切に、汚さないでほしいと願う。

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よけいなことだけど

スタジオジブリの「千と千尋の神隠し」のその後が気になる。神様の保養地で、礼節、忍耐、努力や思いやりと、人として大事なことを沢山学んだ千尋が、食欲に溺れ、挙句ブタになってしまった両親を、尊敬し続けられるかが心配だ。思春期になって、両親に反発したとき、にしおかすみこさんじゃないけど、「この○○野郎!」などと叫んだりしないだろうか。         

飯島愛さんが、このアニメを見たとき、「主人公はいつ出てくるんだろうと思っているうちに、終わっちゃった。千尋かわいくないじゃん。」と言っていた。千尋の協力者、ハクと、リンは美男美女なんだけどね。

制作中、両親が豚になる過程の、「貪り食う」ということが、若いスタッフに通じなかったそうだ。貪り食う程の食欲を満たすときって、さぞ幸せなんだろうなと思う。理解できない年代ではないが、経験はない。これって、幸せなことなのだろうか?

プチ断食ダイエットをご存じだろうか。私も実践しているが、簡単に言うと、朝食を抜くことである。私はおやつが大好きだ。朝食をしっかり食べても、おやつの時間にお腹が鳴る。「食べても、食べなくてもお腹がすくのは一緒だから、食べないでみよう。」と思ったのが、きっかけで始めて、もう2年程になる。まず、胃袋が小さくなったのか、一度にたくさん食べれなくなった。

石原結實さんの提唱する「プチ断食」は、朝食の代わりに、ショウガ紅茶や、ニンジンジュースを飲んだり、週末に半日、慣れてきたら、一日断食を勧めている。ショウガ紅茶は美味しく、体も温まるので、今でも飲みたくなったら、入れて飲んでいる。ニンジンジュースはおいしいのだが、飲むと寒気がしてきて、私には向かなかった。

私の自己流の「プチは、ちょこちょこ食べだ。朝食は食べないが、コーヒーなどと一緒に、その時食べたい物をちょっとつまむ。その日によって、内容も、量もまちまちだ。ドライフルーツの気分でない時は、お菓子やお煎餅を食べる。お昼になる前に、もう一度おやつタイムを取ることもある。その方が、お昼のドカ食いを防げる。その都度食欲を満たしていると、「お腹が空いたら、また食べればいいや」と体が思うのか、すぐに満腹信号を送ってくる。おかげで、少々食べ過ぎが続いて、2キロぐらい増えても、1週間位で戻る。

子供のころから、健康手帳の摘要欄に、「肥満児」と書かれ続けてきた。今はMサイズ、場合によってはSサイズの既成服にお世話になっている。

「貪る」ことを知らない世代は、何に対してもガツガツしない。食べることに困っていたご先祖様達は、「よかったな」と思うのか、「情けない」と思うのか。千尋のように、鍛えられる環境が必要なのかもしれない。自分を思いきり棚に上げた締めになってしまった(汗)。

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