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計 画 実 行

震災による原発事故以来、ここ富里地区では、数回の「計画停電」が実施されている。

大体予定時間に始まり、長くて3時間程。

「心づもりしていたのに、結局やらなかった。」

「予定時間が、あてにならない。」

などのクレームもある中では、結構「計画」通りという印象だ。

月並みだが、停電により、いかに電気にお世話になっていたのかというのが、身に染みる。

「昼間なら、照明は不要なので、それ程不自由を感じずに済む。」

と思っていたら、大間違い。

テレビにパソコンが封じられた3時間というのは、思った以上に長く、ストレスになる。

しかし、回を重ねるごとに慣れ、その時間をかえっていつもよりも有意義に使えるようになってきた。

明るい時間なら、

いつもだったらスル―してしまう細々としたところ例えば、

ブラインドの羽を一枚一枚拭くなど。

あとこれは停電とは関係ないが、

一度命の危険を覚悟した後だと、

地震が崩してくれた山々の中から、不要なものを選び出すのに

すごくシビアな感覚でチョイスできるので、部屋が片付くというおまけも。

生きるために絶対に必要なものなど、我が家にはそれ程なかった。

つまり、余計なものだらけだったということだ。

・・・・・・反省。

そして夜の停電時は、懐中電灯の明かりで食事をし、食後何も出来ないので家族の会話が自然に弾むのも楽しい。

家族のiPodに録音されている知る人ぞ知る名曲「マグネット」を鳴らし、全員で大合唱したりもした。

「慣れ」というのは、有難いものだ。

けれど、

こうして日々普通に過ごしているのが

申し訳ないという感覚は、

被災された方々が、普通の生活を取り戻すまで消えないだろう。

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