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東北地方太平洋沖地震

呑気に過ごしていた、今日の昼下がり。

日差しも暖かく、春うらら・・・・・。

と、電話が鳴った。

取ると、母から。

「バスがないの。迎えに来てくれないかしら?」

5分、10分の間隔で来る都バスと違い、

ここ富里のバス路線は、その1本を逃すと

次の便が来るまで1時間程待たなければならない。

「ははっ!すぐに参りますっ!」

と、電話を切ってエンジンを掛ける。

駅まであと数分というところで、やけにハンドルを取られることに気付く。

周りをよく見ると、電柱や街路樹が激しく揺れているではないか!

「じ、地震っ!!」

慌てて車を、空き地に寄せて止める。

すると、みるみる揺れは増大。

ユッサユッサと揺さぶられ、ハンドルに必死にしがみつく。

向こうに見える2階建ての古家が

揺れに合わせてグルングルンとねじれる様に変形している。

回る度に屋根瓦が遠心力で飛んで行くのに気付き、恐怖が加速する。

いや、人様だけじゃない、こっちも危険だ。

電柱が、クネクネとしなる様は、生まれて初めて目にする。

そのうちこちらに向かって倒れてくるのではないかと、気が気ではなかった。

やがて揺れが収まってきたので、思い切ってスタート。

途中、塀が壊れたり、水が溢れたりしているところがあったが、

それ程大きな被害は見当たらない。

無事母と合流できた。

幸い自宅、母の家とも、被害はほとんどなし。

積んであったものが崩れた程度だった。

だが、それらを見て思う。

(家に一人で居なくて良かった・・・・!!)

壊れたものは、家族のお茶碗一つだったが、

揺れている間はあちらこちらで

「バタン!」「ガシャン!」「ドサドサッ!」

など、凄かったはずだ。

その音がパニックの引き金になるのだと、聞いたことを思い出す。

母のお陰で、おてんとう様の下で何とか平静を保てた。

しかし、未だ余震は頻繁で、一つ一つが震度3クラスで結構大きい。

とりあえず出来ることをせねばと、浴槽いっぱいに水を張る。

ガスが使えるうちに、ポットが満タンになるまでお湯を沸かす。

吊り下げの照明は、傘が外れてずり落ちそうになっていたので、

ソケットから外してしまった。

夕食はなるべく火を使わないようにと、

炊飯器のご飯を全ておにぎりにしてしまう。

食パンもあったので、ピーナツバターサンドも作った。

電車が全て止まっているので、外出している家族はそれぞれが

ホテルに止まると連絡してきた。

電話はIPも携帯も未だスムーズに通じない。

タイミングが良かったりすると、たまに携帯が繋がることがある程度だ。

よって、メールが唯一の連絡手段となっている。

「揺れ」なのか、「目まい」なのか分からなくなる程、

巨大地震の後の余震はしつこいということ、

初めて知りました。

こんな感じで、今のところ、富里は大丈夫です。

皆さまのご無事を、祈ります。

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