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今度は理系頭に生まれたい

家族に勧められ、久しぶりに長編ミステリー小説を読んでいる。

おもしろい。

振り返れば高校生の頃まで、海外の作品ばかりを読んでいた。

日本の文豪と呼ばれる方々の作品も、教科書で触れた程度という体たらく振り。

職場の友人に借りて「三毛猫シリーズ」を何冊か読んだのが、日本が舞台の小説は最初で最後かもしれない。

家族に渡されたのは、森博嗣氏の「すべてがFになる」。

厚ぼったくて内心、「ムム」。

(いつ読み終われるかな・・・・?)

小説にしてもドラマにしても、自分が何故海外ものが好きか、最近気付いた。

単に、西洋かぶれというのではなく、国内ものだと身近で、自分に引き寄せ過ぎてしまうからだと思う。

例えば、日々の生活の様子。

ドラマのなかでだが、向こうの女性の家事全般は、大変気軽で楽しそう。

立て板に水状態で会話をしつつ、その辺の衣類を洗濯カゴにポイポイと集め、

ぞんざいに洗濯機に放り込む。

料理にしたって、ダイナミックというより大雑把な感じの方が強い。

お家がこちらよりも段違いに広く、装飾品も所狭しと飾られている。

「お掃除大変だろうなぁ。」といつも思うが、暖炉の上にこれでもかと飾ってある写真立ての埃を丁寧に払う細やかさが、彼女にあるのだろうか・・・?

と思いつつ、自分とは全く別世界の事だと思うだけだ。

ところが舞台が日本だと、ご家庭の様子を見る目が、俄然真剣になる。

お部屋の片付いた様子や、台所仕事の仕方など、いちいち自分と比較してしまうからだ。

「きれいにしてるな~。」

「パンツ、ああやって畳むんだぁ。」

「やっぱスリムだから、ヘルシーメニューで、しかもあんなにちょっと!」

など、細部程気になる。

そうして大抵、

「負けました。」

という敗北感にかられてしまう。

それが極端だと、えなりくんのお弁当箱の中身に動揺し、ストーリーがどうでもよくなってしまうというようなことになるのだ。

話が逸れてしまったが、

「すべF」はその点大丈夫。

舞台は日本にあるのだが、

ストーリーは「別世界」で進むからだ。

孤島に建てられた窓のない研究所。

そこにお籠りしている「天才」をめぐる、ミステリーなのだ。

私と対極をなす、理系のブレーン集団。

だから会話の一つ一つが、私にとってとても新鮮。

面白くって、どんどん読めてしまう。

これまで何冊も家族に勧められ途中で挫折してきたが、

これは最後まで読みたいっ!

だから今日は、睡眠不足でフラフラだ。

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