受話器のむこう
アルバイトで、テレフォンショッピングの受付をしたことがある。
「日刊アルバイトニュース」で見つけ、面接に行く。
仕事の概要と条件を説明され、了承すると早速採用になった。
初日、緊張しながら職場に入る。
正面には、テレビ。
会議室のテーブルが十数列並び、電話機が等間隔に置かれている。
その数、50台以上。
紹介された、その日出社している人の中では一番のベテランという女性は、優しくてお声の細い、可愛らしいお方だ。
隣に座り、先輩が電話を受ける様子をつぶさに見る。
丁寧な受け応えをしつつ、手元の資料に、電話口の向こうから得た個人情報を、スラスラと書いていく。
郵便番号、住所、電話番号。
特に名前は、正確な漢字を知るために、「彦左衛門の彦」や、「さんずいの河」ですね、などと確認していく。
ひぇ~!難しそう・・・。
電話を切った先輩が、書いたものを見せながら注意するポイントを教えてくれる。
その間にも、ジャンジャン電話が鳴っている。
先頭の電話機から繋がっていき、順次後ろの電話につながって行く。
私が座っているのは、真ん中あたり。
心の準備が出来ないまま、目の前の電話が鳴りだし、飛び上がる。
はい、じゃ、出てみてね。
あっさりと先輩が言う。
自分でも不思議なのだが、普段は相当なダメダメなのだが、極たまに、すごい能力が発揮できるときがある。
この時も、そうだった。
先輩に教わった通り、最初から最後まで淀みなく対応でき、書類の空白が次々埋まっていったのだ。
電話を切ってから、先輩たちのため息と、拍手。
こんなに最初から出来た人は、初めてだと驚かれた。
じゃ、もう一人で大丈夫ね。
早速専用電話をあてがわれ、一人立ちさせられた。
そこは、出入り自由のフランクな職場だった。
都合のいいときに行き、帰る。
年中無休なので、学校が予定よりも早めに終わってしまい、暇だから行くか、という感じで足を運ぶことも許される。
お弁当を持ちこんで、電話の合間にもぐもぐするのもOKだ。
電話を取ったときにキチンと応対すれば、それ以外に何をしてても構わない。
漫画を読んでいても何も言われない、面白いところだった。
私も、宿題をやったり、マーガレットを読んでたり、おしゃべりしたりしていた。
そう、そこは、学生の溜まり場。
が、お客さんにはその様子は、当然見えない。
よって、こちらが大人だと思ってお話されるのが、また楽しかった。
時には、こちらが女性だと、卑猥な言葉を浴びせてくるおじさんもいた。
「お前じゃ話にならん!上司を出せっ!!」と、怒鳴られる時もあった。
そんなときには、近くの男子学生さんに代わってもらう。
「うちの新人が、失礼いたしました。」と、代わりに謝ってくれたこともあった。
その節は、お世話になりました。
こういうことは、めったにあることではない。
「商品が届かない」「故障した」などのクレームで、相手がイライラしているときに、起こりがちなことだ。
ほとんどのお客さんは、好意的で礼儀正しい。
お客さんから、「名はとしひこ、で、にんべんの方のとしです。」と説明された時のこと。
とっさに浮かばず、「少々お待ち下さい。」と受話器を手でふさいで、隣の人に確認した。
「田原俊彦の『とし』って、どう書くっけ?」
これがお客さんに筒抜けで、「そう、としちゃんと同じ字です」と笑われてしまい、バツの悪い思いをした。
支払いが分割だと、決まり文句があった。
「信販会社を通すため、職場にお電話することもありますが、よろしいでしょうか?」
そう言うと、途端にオロオロし出すお客さんがいたり、「じゃ、現金にするわ」と言う人も多かった。
職業を確認すると、鼻高々に答える人、「今、ちょっと・・・」と言葉を濁す人。
様々なご事情が垣間見え、貴重な経験をたくさんさせてもらい、そこで得たものは、社会に出てからも大いに役立つものだった。
今でも思い出す度、感謝している。
この頃は、買う方の立場で、テレビショッピングのCMを見る。
いつも思うのだが、最後にババァ~ンと出てくる「おまけ」は、どうやって選ぶのか。
なぜ、お布団のおまけが、「爪切りセット」なのだろう?
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