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振り向~かないで~♪富里のひ~と~♪

コピーをとろうとして、コンビニに行く。

先に来ていた人が、「たくさんあるので、先にどうぞ」と譲ってくれた。

有難うございますとお礼を述べつつ、「急がねば」と内心焦る。

こんな時に限って、「あ、あれ?あれれっ?!」

フリーズしちゃった・・・・。

待たせている人をも巻き込んであれこれ試すが、コピーは動かない。

「お店の人呼んできますね」と行こうとするのを制止して、「いえ、私が!」と駆ける。

何のことはない。

料金を入れていなかったのだ。

1枚10円ね。と、思ったことで、払ったつもりになっている、ご都合脳が情けない。

譲ってくれたのが、イケメンのお兄さんだったことも、恥ずかしさに追い打ちをかける。

この頃、万事この調子で、自分のお脳が、心底心配になる。

が、脳みその働きが鈍いのは、今に始まったことではないと、思いつく。

家族には、定期的に同窓会がある。

その度にいそいそと出かけていく家族を見送るが、複雑な心境だ。

羨ましいのでは、決してない。

あの家族でさえも出来ていることが、私には出来ないという事実を、認めたくないというか。

私は、例え自分の同窓会があったとしても、絶対に行かない。

いや、行けないのだ。

なぜなら、ほとんどの人が、私にとっては初対面の人だから。

つまり、クラスメイトのほとんどを覚えていないのだ。

特に、学校生活全般に渡って縁がなかった男子は、ほぼ壊滅状態だ。

例外は、極端な暴れん坊で、先生も手を焼いていたような、やんちゃな子。

もしくは、自分に敵意をむき出しにしてきた相手など、忘れたくても忘れられない子達だ。

しかし彼らのことは、脳みそが覚えているというより、心に焼き付いてしまったので、思い出せるという感じか。

さすがに女の子は男子よりも多く記憶しているが、仲の良かった子達以外は、時代が混同されている。

あの子、中学のクラスメイトだっけ。

それとも、高校時代の・・・。

もはや、カオスである。

幸か不幸か、幹事さん達に熱意がなく、お呼び出しは今まで2度だけだ。

もちろん、両方ともご遠慮したが。

「同窓会」というと、皆様どのような感情が呼び起されるのだろうか。

多くの方にとっては、マンガやドラマのように、新たなロマンスの始まりを期待させる、甘酸っぱいものなのだろうと想像する。

しかし、私にとっては、覗いてみたいが近寄れない、結界ゾーンのようだ。

では、家族にとってはどうなのだろうかと、考えてみる。

「いつ産まれても、おかしくない。」

家族のお腹は、一年中そんな状態だ。

そんなメタボディを堂々と昔馴染みに披露する。

考えてみたら、すごい勇気だ。

ロマンスなどというフワフワしたものなど、宇宙の彼方まで吹っ飛ばされるに違いない。

ということは私は、あの家族に、記憶力だけでなく、思い切りでも負けている。

・・・・・・全然悔しくない。

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