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生まれ変わるなら

生粋の文系である。

というよ、数学が苦手である。

自慢ではないが、数学では赤点を頂いたこともある程だ。

しかも、担任の先生の担当教科だったので、大変気まずかった。

課題のノートを提出するため、足しげく職員室に通ったものだ。

それが功を奏し、無事卒業できた。ありがたや。

その担任の先生と、卒業後もお手紙で、近況を報告し合っている。

先日お手紙に、大きな紙が入っていたので、「なんだろう?」と開くと、何やら複雑に重なりあった図形が。

正確な数字は頭に入らなかったが、正何面体をコンピュータで書いたものとのご説明がある。

先生がご使用になっているコンピュータは、ネットに接続しておらず、もっぱら数式の計算や、このような図形を描くためにあると聞き、のけぞる。

心底数学がお好きなのだなーと、改めて思った。

ーむ。同じ人間なのに、何故こんなに違うのか。

や煩悩のかたまり。一方その師は、教職を退いてからも研究を続け、敬虔なキリスト教徒でもある、清廉なお方だ。

かといって、堅物というふうでもなく、教壇にお立ちの頃から、ユニークで優しいお人柄が、私も含め、多くの生徒達から信頼され、尊敬されていた。

ーーーー。

、長い溜息をつかずにおれない。

理数系の、理は好きな方だった。

実験の時間など、何よりの息抜きであり、好奇心を刺激される楽しい時間だった。

、指導要領が削られ、実験をする機会が減ってしまっていると聞く。

高校の家庭科も、私の頃は2時間続けてあったが、今は1時間しかとれず、50分間の間にできる調理実習を工夫せねばならず、先生は大変だそうだ。

休日は増えたが、学校生活の中から、一息つく時間は減ってしまっているのだと、かわいそうになる。

一息といえば、高校の物理は、雨が降ると必ず休講だった。

物理には実験がないばかりか、訳の分からぬ公式を覚えねばならず、理科というより数学に近い感覚があり、大の苦手だった。

よって、雨の日に物理があると、得した気分だった。

勉強熱心な生徒なら、不満が噴出する事態だったが、皆私と同じ気持ちだったのか、そのことを追及したり、クレームが出ることがないまま一年の終わりが近づいた。

学期のある雨の日、物理の時間の始業ベルがなると、その先生がガラリと入って来た。

教室中が、「え~~~~~っ!!!???」の大合唱になった光景と、先生の気まずそうなお顔が、今も忘れられない。

の日に、物理の先生が教室に現われたのは、それが最初で最後で、高校生活一番のサプライズだった。

何故雨になると、お休みなさっていたのか、今でも不明のままだ。単に雨が嫌いとの噂も聞いた気がするが、定かでない。

えば、この時代の先生は、そうそうたるメンバーだった。

学歴の高い先生ばかりで、東大始め、もの知らずの私でさえ知っている、「超難関」とされる、国立、私立大学出の先生方がひしめいていた。

たくさん勉強をなさったからだろうか。

え方や生徒の興味を引くのが上手で、勉強だけでなく、今でも役立っている知恵を、いくつも授けて下さった。

生物の先生は、教育テレビの講師もなさっていたし、校長先生もテンションがアメリカンのイケイケで、学校全体が明るく楽しかった。

そんな恵まれた環境の中にいた幸運を、今になるまで気付けなかったのが情けない。

あのとき、もっと真面目に勉強していればと、悔やまれてならぬ。

まれ変われたら、また自分でいい。

でも、学校生活をやり直したいと、心から思う。

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