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ただ あ 痛くて

電話が鳴ったので取ると、知らぬ会社さんからだった。

こうも、私を全く知らず、別人が出ることを期待して、ダイヤルしたらしい。

メモを読みながら、番号を復唱する相手。

かに、私の番号だ。

再度ベルが鳴る。

び私の声を聞くと、明らかに失望し、「変なところの番号教えたな・・・」と呻くように呟く。

なところ」扱いされたことよりも、かなりダメージを受けている様子の相手が気の毒で、

なんかでごめんなさい」まで思ってしまう。

かにつけて、自分を責める癖が小さい頃からあって、思い返すと理不尽な思いを数々した気がする。

どうしてそう思ってしまうのかと考えた。

えば、小さな頃から褒められることよりも、たしなめられることの方が多かった。

両親共によく言えば照れ屋で、いい感情は胸にしまっておくが、怒りや不満は正直に口にした。

よく外国のドラマで、わが子を他人の前で誇らしげに語るのとは、対照的だ。

謙遜は、日本人が美徳としてきたのだから、両親が特に変わっていたわけではないと思う。

、小さな子供には、そんなことは分からないので、自分は両親を喜ばせることが出来ない、いけない子、という認識に陥ってしまったのだろう。

なんてかわいそうな、自分。

思わないでもないが、そんな私が、いろいろなことに揉まれ、今の自分になったと思えば、まあいいか、と思う。

見渡すと、この頃一部の親御さんは、両親とはかなり趣が変わってきているように見える。

新聞の投書に、それを象徴する、印象的なものがあった。

歳のお子さんをもつ、お父さんからであった。

き地でお子さんと遊んでいたら、土地の所有者と思しき老人に、叱られたというのだ。

たところ何もないようだが、そこには大事な植物が植わっていたらしい。

お子さんを、伸び伸びと育てたいお父さんは、

よくあった「空き地」が減ってしまったことを嘆き、老人の狭量と、柵もせず叱った行為を責めていた。

それは違うんでないかい。

、思った。

まず、社会にはルールというものがある。

に迷惑をかけないという大前提が。

かなりな勢いで叱られたなら、瞬間的に怒りも沸こうが、大人が、お子さんの悲しみに同調してどうするのだ。

びっくりしたね。でも、土の下にお花の赤ちゃんが寝てるから、邪魔しないように、あっちで遊ぼうね。」

ぐらい言って、その年齢に通じる言葉で、他人のものを、勝手に使ってはけないことを教えるべきではなかったか。

人様の土地を無断で利用するだけでなく、自分の立場もわきまえず相手に怒りを向ける。

まるで、他人の家に勝手に上がり込み、お茶も出さないと腹を立てているようなものだ。

子供を窮屈に育てたい」親など、どこにもいないと思う。

、「伸び伸び」を免罪符のように掲げ、周りが譲るのが当然と思っている行動が、あちこちで目に付き、見苦しいことこの上ない。

両親の口癖の一つに、「人からされて嫌なことは、人にするな」がある。

子供心に、いろいろなことがある度思い出し、自分を戒めていた。

王子様に、お姫様。

い世代程、かしずかれることに慣れてしまっている。

自分の思い通りにいかないときは、とりあえず周りのせいにして、反省しない。

てがそうだとは、もちろん思っていないが、全体的に、もちっと、お互い譲り合う優しさが欲しい。

、親御さんたちは、どんな言葉をお子さんに送っているのだろう。

お子さんにとって、思い出す度心をあたたかくする、一生の宝になるような言葉をプレゼントして欲しい。

きっとそのぬくもりは、お子さんから周りに広がっていくだろうから。

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