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道々おもふこと

運転しない日がない程、車は身近な存在だ。

よって、一緒に走っていると、車の気分も伝わってくる気がする。

いつもよりも軽快に感じることもあれば、全体がまとまらず、それぞれがバラバラに動いているかのように感じるときもある。

に、私の気持ちもあちらに伝わっている気がする。

きっと、私のことを、小心者のくせに、せっかちだと嘲笑っているに違いないと思う。

くからある、のどかな道に、そのままアスファルトを敷いただけの道路がたくさんある富里では、車同士の心遣いが大切になる。

それがあるかないかで、目的地までにかかる時間が全く違ってくるからだ。

変形の交差点がある。

きな道路と、それを挟んで左右から交わる小道それぞれに、青信号が順番に点灯する。

って、一度行きそびれると、他の2本の道の青信号が赤になるまで足止めされる。

それに加え、左右の小道の青信号は、大通りの信号と比べ点灯時間が短いので、朝の通勤時間帯になると、車が何台も溜まる。

れそうだ・・・と焦っているときは、こちらの信号が青になったのに、なかなか動き出さない先頭車が恨めしくなる。

2秒遅れると、車3台が行きそびれるからだ。

に、青に変わった瞬間からダッシュしてくれる、ありがたい人もいる。

も見習って、自分が先頭になった時は、「みんな行くよっ!ついといで!」とばかりにアクセルを踏む。

後続車も「合点でさっ!」と車間をあけず、数珠つなぎでついて来る。

バックミラーで、チェック。

ぉ!8台も行けたー。と、心で拍手。

知らぬ人との連帯感をかみしめる一時だ。

などと浸っているが、教習所の教本に、「いけない」と書いてあることばかりしている。

よい子は、マネをしないでね。

道路に面した駐車場には、当たり前だが、歩道の段差を切った出口がある。

はそこを、「お譲りスポット」と、名付けている。

優しき大人であれば、他車の出入りのために、そこへは停車しないのがマナーである。

、なにがあっても、自分の前には入れてなるものかと思うほど、切羽詰まっているときもある。

出入り口をふさぐ車に向けられる、厳しい目。

それを思うと、小心者の悲しさで、ブレーキを踏まざるを得ない。

の車が動き出すまで、「誰もくるな~」光線を放射する。

その甲斐もなく、笑顔で「ありがとう」の合図をしながら、私の前に入るドライバー。

だけ「どういたしまして」と返すが、顔は般若だ。

そんなことが重なり、急いでいないときでも、「お譲りスポットに当たりませんように」と祈りながらブレーキを踏む癖がついてしまった。

高速の下をくぐらねばならない道がある。

大抵が、すれ違いが出来ない狭い道だ。

設置してあるカーブミラーを確認して進入するが、タイミング的に鉢合わせになってしまうときもある。

そんなとき、後続車がいると有り難い。

こちらが複数だと、多勢に無勢、相手がバックするしかないからだ。

いつも、対向車が来ませんようにと、祈りながら入るので、大変ストレスがたまる。

よって、前に車が走っていると、こちらはついていくだけでいいので、本当にホッとする。

の車が鉢合わせになり、対向車とにらめっこ状態になったら、「加勢しやすぜ!」と、すかさず前進して、こちらの存在をアピール。

ってくれた車には、「すいませんでした」と、心をこめてお辞儀をする。

日常の用足しで運転するだけで、大層疲れるものだ。

ましてや、お仕事で長時間ハンドルを握る方達は、運転しない方には分からぬ苦労を、密かに引き受けているのである。

夜中でも、長距離を走って荷を運ぶ、トラック野郎様達。

通販の荷物をいつも配達してくれる、美人のお姉さんや、おじさま。

飛行機、電車、バス、タクシーの運転手さん達。

いつも感謝しつつ、みんなみんな「すごいなー!」と心から尊敬している。

お陰さまで今日も、日本がまわっている。

有り難や、有り難や。

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