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ハンド マシン

手先は不器用な方ではないと思う。

いろいろな手芸の体験をしてきたが、わりと無難にこなしてきたと思うからだ。

その都度、出来あがった作品を家に持ち帰る。

、その後の感慨がなにもない。ほったらかしだ。

の文化祭などを見学すると、様々な作品がたくさん並んでいる。

プロ並みのものも多数あり、すごいなー!と心から感動する。

そして、思うのである。

あそこまで上達するのに、どれくらいの作品を手掛けてきたのかなー、と。

そんで、作ったものをどうしているのか、聞いてみたい。

、自分の趣味といえるものに、長く残る「作品」を作り出すものはない。

園芸、読書、料理、通販ぐらいであるからだ。

ることは、楽しい。

しかし、作った後のことを考えてしまう。

時間もお金も投資したものを、ケチな私が簡単に処分できるとは思えない。

る?いや、家の中はすっきりした方が好きだし、ものが増えると掃除が大変になるだけだ。

自分の作ったものに愛着が湧くことがほとんどない故、かわいそうだが不用品の位置づけになってしまうだろう。

それに、はっきり言ってしまえば、ハンドメイドよりも、マシンメイドが好きだ。

そして、素人のものよりも、プロの仕事の方がいい。

に例えると、キチッと真っ直ぐな直線が好きだ。

所々曲った線を、「味」と認識する程、優しくないということだろう。

これは、母の影響かもしれぬと、最近気づく。

は今まで、手芸のブームに、必ず乗ってきた。

えば、煙草のパッケージで、傘などを作る。

お酒のボトルに、金糸などを巻きつけ、だるまにする。

けんを包んで、白鳥などに飾り付ける、香りの置物。

その他、折り紙のくす玉や、梱包紐で作るバッグ、新聞チラシで作る鍋敷きなど、数えたらきりがない。

夢中になると、際限がない母である。

どのようにして集めるのか、札束のようにまとまった未使用の煙草のパッケージを、山のように積み上げる。

家中がパッケージと、傘だらけの期間は、始終ボンドの臭いがしていた思い出がある。

けば傘につまづき、傘の骨にする爪楊枝をばらまいてしまい叱られた。

なまじ器用であるため、人様にあげれば喜ばれたりしたのが、ますます熱中する結果になる。

ダルマの時は、材料を仕入れるのに、蒲田のユザワヤに何度通ったか知れぬ。

その都度荷物持ちに連れ出された。行けばそれなりに楽しかったのだが、正直いつまで続くのかなと思っていた。

ところで、プロとアマの分かれ道は、発展性だと思う。

じものからスタートしても、ある時閃いて、工夫したものを形にしていった作品が、人に受け入れられたら、プロだ。

は、一つ一つきちんときれいに仕上げるが、ほぼ同じものを量産していた。

最初は「すごいなー」と感心するが、次第に「あんなに作ってどうするのかな?」に変わる。

ご近所や、知り合いには、とっくに配り終えてしまったし。

の勝手な想像だが、たぶん母にとって作ることは、現実を忘れて熱中できる時間だったのだと思う。

出来の悪い娘が、始終心配事を持ち込むし、仕事は忙しいし・・・。

一心不乱に作り続ける母は、何を思いながら手を動かしていたのか。

いや悩みが何かを作らせるのだとしたら、いくつこしらえても、終りがなかったのかもしれない。

その母の手には、ジグソーのピースが握られている。

ある日玄関の戸を開けると、ド派手な「七福神」がお出迎えしてくれ、ずっこける。

部屋に入ると、虎と竜がすごい形相で戦っている。

にお線香をあげ、ふと横を見ると、原色の着物をなびかせた美女が、蛇の目傘を手に体をくねらせている。

もっと心安らぐトーンの作品に挑戦して欲しいと思うが、黙っている。

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